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旧作映画の感想、ネタバレしてます。
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06
2020

悪との距離

我們與惡的距離 / 台湾 / 2019年 / 監督:リン・ジュンヤン / ドラマ / シリーズ1(全10話)
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【あらすじ】
無差別殺人が起きた後の被害者・加害者家族たち。



【感想】
初めて観た台湾ドラマでした。いきなりこんなすごい社会派ドラマに当たるとは。どこの国でも無差別殺人は起こりうる。無差別殺人の加害者・被害者家族、マスメディア、精神科医、弁護士、事件に巻き込まれた人々を描いた群像劇。

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ココリコ田中直樹さんを男前にした感じの死刑反対派弁護士、王赦[ワン・シャー](ウー・カンレン)。「赦」は「恩赦」の「赦」で「ゆるす」という意味がありますが台湾でも同じ意味なのかな。役の特徴を表している。メイキングを観ましたが王赦を演じたウー・カンレンは死刑賛成派とのこと。みなそれぞれ意見を持っていて面白かったです。

王赦は金にならない弁護でも、ためらわず引き受ける正義感の強い弁護士。殺人犯の弁護もするため、世間から攻撃を受けることもある。家族の理解は得られてはいないが、自らも不幸な生い立ちで罪を犯すかもしれない境遇にいたため犯罪者にも同情的。

王赦の志には共感できる部分が多い。無差別殺人の犯人が死刑になることはやむを得ないものの、それでも本人が動機を語ることで、新たな無差別殺人が起きることを防ぐことができると考えている。彼のやっていることは人から見れば意味がないことに映るかもしれないし、本当に意味などないのかもしれない。でも、こんな人がいなければいけないし、いつかこういった行為が殺人の抑止に繋がればとも思う。

『悪との距離』というタイトルはとてもいい。残酷な事件が起きたとき、マスメディアは犯人を悪と決めつけ、卒業アルバムを探したり、犯人がいかに残酷な人間だったかを取りあげ、視聴者の好奇心を満足させようとする。残酷な人間は社会からはみ出た異常者、私たちとは違う者、そう規定してしまう。誰かを異質な「悪」と決めつけることで、私たちは安心するのかもしれない。

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弁護士王赦の妻、美媚[メイメイ](チョウ・ツァイシー、右)。彼女は良識を持った女性で、とても感情移入しやすかった。夫を献身的に支え、娘をかわいがるごく普通の母親。だが、王赦が殺人犯の弁護を引き受けるため、しばしばSNSなどで脅迫を受けている。彼女自身も殺人犯の弁護について疑問を持っている。自分が何不自由なく育ったこともあり、罪を犯さざるを得なかった人についての同情は少ないのだ。王赦のような人物が変わり者なだけで、実は世の中の大半は美媚のような考えが多いのかもしれない。彼女が自分の考えを変え、くじけそうになっていた王赦を励まし、再び正しい道に向かわせる場面は胸を打たれる。どんなに正義感の強い人でも、一人では戦えないことがあるのかもしれない。

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統合失調症の弟を支える姉、思悦[スーユエ](ゾン・ペイツー、左)。犯罪者の家族という苦しみを背負いながら、たくましく生きている。罪を犯した弟のせいで自身の結婚も破談してしまう。それでも弟を見捨てることはしないし、自分と似たような境遇にある李大芝[リー・ダージー](チェン・ユー、右)を下宿させるし、励まして支え続ける。ううう‥‥こんないい人おるー? 私を下宿させてくれないか。

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元阪神の鳥谷選手に似たダンナ(左)と、戦闘力が高い狂暴な奥さん(右)も良かったですね(長いので適当になった)。

死刑について賛成か反対かというのもテーマの一つに盛り込まれているが難しいところ。無差別殺人を起こした人間の動機を画一的に語るのはあまりに乱暴ではあるものの、社会への復讐というのが大きいように感じる。自分の人生などもう終わっているのだから、他の人間を巻き込んで滅茶苦茶にしてやりたいと願うなら、死刑があっても犯罪の抑止になるのだろうか。

死刑は本当に必要なのだろうか。もちろん、死刑を望む遺族もいるだろう。だが、逆に死刑を望まない遺族もいるかもしれない。死んだところで被害者は帰らない、死刑にしたって虚しいだけだと考える遺族もいるだろう。何が正しいかなど決められるはずもなく、それぞれが正しいと思う答えしかない。それでも死刑はないほうがいいように思うのだ。犯人のためではない。犯人の動機や原因をきちんと追及して同じ事件を起こさないようにするための時間が必要に感じる。再び犯人を作り出さないため。被害者家族も加害者家族も出さないために。

今期、観たドラマの中でもっともすばらしい作品でした。お薦めです。他の台湾ドラマも観たいぞお。


26
2020

ヴァイオレット・エヴァーガーデン

2018年 / 日本 / 監督:石立太一、原作:暁佳奈 / ドラマ / シーズン1(全13話、スペシャル1話) 
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【あらすじ】
「愛してる」の意味を知りたくて代筆屋になった。



【感想】
美しい作画の作品が本当に増えた。今やどの作品もそれなりにきれいで、ちょっとやそっとの美しさでは褒められることもない。美しいものを見慣れたなかで、それでもはっとするほどの美しさがある。京都アニメーション恐るべし。

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兵器として育てられ、戦うことしか知らなかった少女ヴァイオレット。戦争で両腕を失ったヴァイオレットは戦争終結後、義手をつけて自動手記人形として働きだす。第一次大戦後のヨーロッパを思わせる世界が舞台。社交界や国家間の政略結婚などもまだ残っている。石造りの街並み、服装などは近世を思わせるものの、すべてが近世かといえばそういうわけではない。ヴァイオレットの義手は人の手と遜色ない性能で、現代にはない技術がある。

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他人の気持ちがわからないヴァイオレットだが、代筆屋として手紙の執筆をしていくなかで成長していく。

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涙のおいはぎ的作品であって、毎話なんとか泣かせようとしてくる。おじいちゃんであり、涙腺がよわよわなのでまんまと涙ぐまされてしまうのだった。思う壺。特に10話の畳みかけのえぐさよ。外国人が日本アニメで泣くとき「忍者が目の前で玉ねぎを切っている」などというが、まさにねえ。

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病弱な母親と娘の物語でベタすぎる展開。ラストはわかりきっているにもかかわらず泣く。泣いたから素晴らしい作品というわけではないものの、ここまで徹底されれば見事というしかない。

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10話ではヴァイオレットが他人の気持ちを推し量れるように成長している。娘の悲しみを痛いほどわかっているところが涙を誘う。

バトルアニメなどは、強さで相手を凌駕したり、打ち倒したりするところが快感ですが『ヴァイオレット・エヴァ―ガーデン』の場合、不幸でマウントをとるところがあって笑ってしまう。これは外伝でもそうですけど。

手紙の依頼者は多かれ少なかれ不幸を抱えており、自分の不幸を嘆く。ヴァイオレットに興味を持った依頼者たちが彼女の身の上を訊ねると、ヴァイオレットは淡々と自分のことを語るんですね。「孤児なので両親はおらず、戦争で両腕をなくし、大切な人は行方不明で」などと平気な顔で言う。友人も最近までいなかったし、他人の気持ちもわからない。不幸の東急ハンズである。あらゆる不幸を取り揃えておる。相手は言葉を失い、黙るしかない。あれが一種の快感になっているのかな。

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※ネタバレしています。
最終話ではハッピーエンドが訪れる。今まで不幸の詰め合わせだったのだから、最後ぐらい幸せになってもいいでないの。

ヴァイオレットが扉を開けて挨拶をする一瞬の表情の変化、わずかな間で少佐が生きていたことを感じさせた。少佐の象徴である緑のブローチに手をやるという演出もありそうだし、直接的にセリフを言わせる方法もある。だが、ヴァイオレットの些細な仕草で表現するだけに留めた。実に控え目。これ、気づかない人もいたのでは。視聴者を信頼しているのだなあと感心してしまった。

各話に派手な展開はほとんどないし、地味でベタな話が多い。話に目新しさはなく、目の肥えた視聴者には陳腐なストーリーと映るかもしれない。それでも最終話まで目を離すことができず、一気に観てしまった。ベタを見事にやりきった。全編を通して涙のおいはぎ的作品であるものの、もうここまでくれば涙の大泥棒ぐらいはあるので大変よろしいと思います。夕暮れのやわらかな光が美しく、音楽もすてきでした。

23
2020

家族ゲーム

1983年 / 日本 / 監督:森田芳光、原作:本間洋平 / コメディ / 107分
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【あらすじ】
変な家庭教師がやってきた。



【感想】
高校受験を控える息子のために沼田家では何人もの家庭教師を雇ってきた。だが、どんな家庭教師を雇っても茂之(宮川一朗太、右)の成績は改善しなかった。しかし、新たにやってきた吉本(松田優作、左)という男は三流大学の7年生だったが、鉄拳制裁をも辞さぬ指導で茂之を指導し、成績をみるみる向上させていった。

本当に変わったコメディ映画で、1983年にこんな映画が作られていたのかと感心しました。こんな映画は観たことがなかった。新しさすら感じた。

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松田優作の飄々として、何を考えているかわからない演技がすばらしいですね。『探偵物語』や『ブラック・レイン』の印象が強かったのですが、得体の知れない不気味な役も見事にこなすとは。何を考えているか読めず、暴力的で野蛮だけどそれだけでもない不思議な魅力がある。

コメディはどれもそうですが、誰かがボケたらつっこんで笑いが起きる。ボケとツッコミという型を当たり前のものとして自然に受け入れている。お笑いの世界のルールが無意識に踏襲されてきた。この映画は全員ボケしかいない。ボケの上にボケをかぶせて放置される。観客が心の中でつっこんだり、奇妙な個所を見つけて面白がることになる。ボケの処理を観客にゆだねるというのは恐ろしいことで、観客によっては「何が面白いかわからない」という人もいるのではないか。

観客への信頼ともとれるけど「わからない人は観なくていい」ということなのかな。よくここまで投げっぱなしで作ったなあと、ものすごく驚きました。乱暴ともいえるのですが、その乱暴さが心地良いし、変わっていて面白い。

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『家族ゲーム』というタイトルが食事場面に象徴されている。この家族は食事をするときに横並びになり、家族の誰とも向き合っていない。誰も家族を見ていない。家族らしき役割を演じているだけで、まさしく家族ゲームなのだ。

父(左から2、伊丹十三)は息子の偏差値を上げることしか頭にない。息子の順位が一つ上がるごとに一万円を報酬として上乗せすることを吉本に約束する。成績のことでしか二人に声をかけず、兄弟を比較して常にどちらかを責める。教育は母親任せ。

母(左から1、由紀さおり)は母で、優しいようだが父の言いなりで何も考えていない。息子に勉強させる理由も「お父さんに叱られるから」という情けない理由。子供を甘やかしているだけで、進路指導にも家庭教師の吉本を行かせる。隣人の相談にも適当にのって、その場をやり過ごしたいだけに見える。

茂之(右から2)はいっぱしの口を利くものの、母に「布団をしいてくれ」と甘えたり、まるで自立していない。成績が悪いことにも言い訳を並べ立てる。父親のことも年収で判断している。慎一(右から1)は、家族の関心が自分にないことに落ち込んだのか、次第にやる気を失っていく。家族は同居しているだけで、誰も他の家族と繋がってはいない。吉本の存在はこの家族を繋げるものだった。吉本は、いじめに立ち向かうために茂之にケンカを教え、教師に志望校を伝えにも行く。これは本来、両親の役割のはず。兄弟とのコミュニケーションも吉本はとっている。吉本は部外者でありながら、もっとも家族的な存在に映る。

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父親の吉本を揶揄する「駄目なんだね、城南大って」というセリフから始まる長回しの乱闘場面が面白い。映画の根底には学歴社会への批判が地下水のように流れていた。それが父親の一言で一気に噴き出す。最初は吉本から始まり、右側に座る兄弟もつられるように暴れ出す。吉本の姿というのは、将来のこの兄弟の姿なのだろうか。勉強はできて、とりあえず大学には入ったものの、いつの間にか7年生まで留年してしまい、学校へはほとんど行っていない。目的を見失っているように見える。

兄弟が暴れるのは学歴偏重の親に対する反発で、吉本にしても両親よりも心情的にはこの兄弟に近いのだろう。最後まで両親は何が起きているのかすらわかっていない。問題があるのは両親だけでなく、兄弟もお互いをみていない。学歴偏重の考え方を忌避しつつも、その中で生きていくしかない。せめてもの抵抗が無気力なのだろうか。吉本は食卓を破壊し、家族をぶっ飛ばして帰っていく。滅茶苦茶になった料理や食器を家族全員で片付ける場面は「家族の再生」を意味するのかと思ったら、そんなこともないというのがまた面白い。それほど簡単に修復はできない。

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・ヘリのローター音の意味
茂之(画面、真ん中)は高校に合格したものの、以前のように無気力状態になってしまう。それは兄・慎一(画面下)も同様だった。母(右)も二人にあきれながら、同様に無気力になってしまう。気だるい午後の昼下がり、異様なまでに大きなヘリのローター音がのどかに、そして執拗に流れて映画は終わる。この場面が意味深なんですよね。

映画内でたびたび「金属バット殺人」という言葉が使われる。神奈川金属バット両親殺害事件は、1980年に浪人生が両親を金属バットで殴り殺すという衝撃的なものだった。受験戦争などが社会問題化していくのも1970年後半からだった。ヘリのパタパタというローター音はどこかのん気に聞こえる。だが、あの音は取材ヘリのローター音で、その羽の下では金属バット殺人と同じような凄惨な事件が起こっている。それはこの家族にも起きうることだ。そんな不気味なメッセージがあのローター音に宿っているように聞こえた。

学歴社会を批判しつつ、独特な笑いの感覚が冴えわたった奇妙なコメディでした。松田優作の意外な一面が見られたのもよかったです。ふとしたときに松田龍平さんにそっくりな瞬間がある。一風変わった映画が好きな方はいかがでしょうか。