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07
2018

ゴーン・ベイビー・ゴーン

GONE BABY GONE / 2007年 / アメリカ / 監督:ベン・アフレック、原作:デニス・レヘイン / サスペンス / 114分
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正義を守るのは誰のため?
【あらすじ】
子供の誘拐事件の捜査依頼を受けた。



【感想】
ベン・アフレックの第一作目の監督作品なんですね。いやあ、一作目から才能を見せつけてくれます。監督二作目の「ザ・タウン」、三作目「アルゴ」も好きな作品で、今のところはずれがない。やるやないかー。

日本では劇場未公開ということですが、いい作品なのになあ。観た後に「自分ならばどうするだろう?」と考えることになる作品でした。それはいい映画の一要素かもしれません。みんな、鑑賞後にモヤモヤするのではないか。お薦めです。

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ボストンで私立探偵として働くパトリック(ケイシー・アフレック、左)とアンジー(ミシェル・モナハン、右)のカップル。ある日、4歳の少女アマンダが誘拐される。警察の捜査に業を煮やしたアマンダの叔母夫婦がパトリックたちに捜査を依頼した。

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アマンダの母親ヘリーン(エイミー・ライアン、左)がまたいい味を出しているんですよねえ。娘が誘拐されていながら捜査には非協力的。麻薬中毒者で、娘に対しても虐待かどうか疑わしいラインの行動をとっている。娘を暑い車の中に放置したまま、火傷をさせてしまったこともある。しかし、詰めかけた報道陣の前では悲劇のヒロインを演じてみせる。ボサボサの髪や目の周りの濃さなどが、荒んだ生活を思わせていいですね。

荒んだ女というとエヴァ・メンデスが最高ですが、エイミー・ライアンの荒みっぷりもすばらしいですねえ。憶えとこ。

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荒っぽい性格だが、虐待については厳しい対応をするレミー刑事(エド・ハリス、右)。いい顔してるなあ。どことなくシベリアンハスキーっぽい。この映画は何人かの警察関係者が共謀して、麻薬中毒者の娘であるアマンダを隠してしまうのだ。レミーたちの陰謀を見抜いたパトリックは、警察に通報してアマンダを麻薬中毒者であるヘリーンの元へ帰す決断をする。

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パトリックのやったことは誘拐された娘を親元に戻したのだから、もちろん法律上は正しいのだ。だが、彼がこだわった正義というのはいったいなんだろうとも思う。正しいことをしたという自己満足に過ぎないのではないか。アマンダは幸せな生活を送れるとはとても思えない。まともに世話をしてもらえるかも疑わしいし、実の母親やその男によって殺されてしまうこともあるかもしれない。

もし、犯人の元で育ったとすれば十分な教育も受けられ、きっと健やかに成長するのだろう。だからといって、何の権限もない第三者が「この親は麻薬中毒だし、親として不適格」と決めて、子を親から取り上げていいのかという疑問はある。そして彼らの犯罪のおかげで何人かの死者も出ているのだ。

とはいえねえ、ヘリ―ンの行動を見ると苦いものがある。映画の最後には、ヘリーンはアマンダを置き去りにして、新しい男とデートをしようとウキウキと出掛けて行くのだった。ばかやろうである。それを見送るパトリックは、なんともやるせない表情をしている。虐待の疑いのある両親の元へ子供を戻すかは、難しい問題ですよねえ。この映画のような状態になったら「もうこうなったからには仕方ない。アマンダは新しい親のところで幸せに暮らせ。はい、この話はもう終わり!」でいいのだけど実際だとねえ。親として未熟なのは仕方がないが、子供を虐待した時点で親の資格はないのではないか。

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ヘリーンのような親は珍しくもなんともないのだろう。モヤモヤとした感情が燻る結末でした。自分がパトリックの立場ならどうするだろうと、つい考えてしまう。いい作品だと思います。お薦めです。


03
2018

コンフェッション 友の告白

좋은 친구들 / 2014年 / 韓国 / 監督:イ・ドユン / サスペンス / 114分
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あの頃のバカな僕らには戻れない。
【あらすじ】
幼馴染で親友だった3人。ある事件をきっかけにして人生が狂いだす。



【感想】
今まさに友人たちと学生時代を満喫している人よりも、30代以上の人間が観るといろいろ思うところがあるかもしれません。

実直で正義感の強いヒョンテ(チソン、中)は消防士、強引な性格でみんなを引っ張るインチョル(チュ・ジフン、左)は保険外交員、ドジだけど心優しいミンス(イ・グァンス、右)は小さな酒屋を営んでいる。少年時代に遭難事件を乗り越えた三人は厚い友情で結ばれていた。

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学生時代の友人とは利害関係もないわけで、しばらく話していると学生時代へと戻る感覚がある。「ああ、こんな感じでダラダラ喋ってたんだな」という。それがすごく心地良い。それでも、やっている仕事や興味に違いがあるから、ちょっとずつ話が通じない部分だとか、言ってもわかってもらえないだろうなという部分も出てくる。これはお互いに仕方ないんですけどね。少しずつ少しずつ違う方向へ歩いているのを感じる。それは淋しいことではあるが、きっと自然なことなのだろう。

そんなことを考えながら、この仲良し三人を観ていました。くだらないことではしゃげるってのは、本当にいい関係に見える。やり手の保険外交員インチョルは高級マンションに住み、女性にももてる。だけどどこか倫理観に怪しいところがある。彼は、ヒョンテの母に保険金詐欺をもちかけられて引き受けてしまう。

インチョルは幼馴染のミンスと共に、ヒョンテの母が経営するカジノに放火しようとしたところ、手違いからヒョンテの両親を殺してしまうことになる。ヒョンテは自分の手で犯人探しを始める。

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学生時代のエピソードが面白かった。卒業式をすっぽかして山に来た三人。お調子者のミンスは足を滑らせて怪我をしてしまう。雪山で遭難した三人はなんとか山小屋にたどりつく。翌日、ヒョンテが目を覚ますとインチョルの姿はなかった。

怪我をしたミンスを抱えて山を下りることは難しい。ヒョンテが荷物を確認するとCDプレーヤーも消えていた。ヒョンテは、インチョルが二人を見捨てて一人だけ山を下りたと思い込んだ。ところが、インチョルは救助の人間を連れて二人を助けに戻ってきたのだ。

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しかし、ヒョンテは心の底ではインチョルが二人を見捨てたという疑念を捨てきれなかった。それが映画の最後で明かされる。実はCDプレーヤーはインチョルが持って行ったのではなく、雪山を歩いているときに三人のうちの誰かが落としてしまっただけだった。

だが、インチョルはヒョンテに言い訳はしなかった。
代わりに「今まで20年間近く、俺をそんな男だと? つらかったろう」と、ヒョンテを思いやるのだ。

映画そのものはそれほど印象に残らなかったのですが、このセリフはなんだか心に沁みるものがあった。ヒョンテは表では仲良くしつつも、いつもどこかインチョルに心を許せずに付き合っていたのかなあ。彼らの二十年はかりそめの友情でしかなかったのか。人から裏切られるとか、騙されるとか、そんなことよりも、自分の好きな人間を信じることができない。そのほうがよっぽどつらいのかもしれない。

インチョルは人間的には駄目な人なのですが、友達だけは大切にしていた人間だったんですよね。だから何か余計に淋しいのだ。


31
2018

エベレスト

EVEREST / 2015年 / イギリス、アメリカ、アイスランド / 監督:バルタザール・コルマウクル / 実際に起きた事件を基にした映画、登山 / 121分
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人はなぜ山に登るのか。
【あらすじ】
遭難しました。



【感想】
1996年にエベレストで起きた大量遭難事故を基にした作品。人間が住む世界ではない高度8,000メートルの世界。滑落して死亡者も出れば、体調不良で動けなくなる人も出る。他人を助けるだけの体力もなく、脱落した人間は見捨てざるを得ない。過酷な話。面白いというより、ずっと「うーん‥‥」と唸っているような作品でした。

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純粋に登山を描いた作品というよりも、登り方というか、商業公募隊での登山をやや批判的に描いているように感じた。商業公募隊は全員がプロの登山家というわけではない。プロのガイドが引率し、アマチュアの登山家たちが参加費(この登山では一人650万円ほど)を払って参加している。だからか、お客様意識がある人もいる。「俺は600万円も払ってんだからさっさと登らせろ!」という人も出てくるのだ。商業公募隊により、登山者が増えたために山道で渋滞を起こすことも。

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ベースキャンプも賑わっておりますが、いいことなのかはわからない。

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プロガイドであり、マウンテン・マッドネス隊の隊長であるスコット・フィッシャー(ジェイク・ギレンホール)は「自分で登る能力がある奴だけが登れ」みたいなことを言っている。でも、そう言いつつも彼は商業公募隊のガイドを引き受けている。そうしないと生計が立てられないのだろう。

山登りには、物資を運ぶ荷上げや、ルート工作などの体力を消費する重要な仕事がある。これらの重要な作業なしには登山はできないが、これらをシェルパやガイドに任して登る人たちもいる。特にルールがあるわけでもないし、こういった登り方が邪道なのかはわからない。札束で頬を張るような登り方といえば否定できないが、それで生計を立てるシェルパやガイドもいるだろう。登らない私にはわからないこと。

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「なぜ山に登るのか」という問いに「そこに山があるから」と答えたジョージ・マロリー(イギリスの登山家)の有名な言葉がある。この映画でも登山家たちの間で「なぜ山に登るのか」という問いが交わされる。誰もはっきりとした答えを返せない。

自慢や功名心のために登る人もいれば、山頂からの神々しい景色のために登る人もいるかもしれない。死を身近に感じることで生を実感したいためかもしれない。これはそもそも答えのない問いで、だからこそ多くの人の間で繰り返されてきたし、これからも繰り返されるだろう。答えはないのだ。なぜ、あなたは生きているのかに近い問いだ。そうであるならば、やはり自分の力で登ってこそとも思える。

しかし、当たり前のようにエベレスト登山(だけではないが)がされているが本当にいいのだろうか。山頂からの眺めは言い尽くせないほどの美しさや満足感を与えてくれるだろう。だがその恩寵に浴するのは、本来はその地で厳しい気候に堪えて暮らす人々のためのものであり、金に飽かせてよそ者が登っていいかは疑問に思えるのだ。どうしても、いいとこどりに思える。

象徴的だったのは、重傷を負ったベックの救出を家族が訴える場面。彼女は現地の領事館に交渉し「CNNが騒ぐわよ」と半ば強引にヘリを飛ばさせる。

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ヘリを飛ばすには危険な高度でパイロットも命がけなのだ。自分から登っておいて、困ったら命がけで救助しろというのはあまりにも身勝手に映る。

登山の他にも、趣味やスポーツで命がけで行うものはある。だが、登山が他と決定的に違うのは救助者の側もしばしば危険に身をさらすことである。そうなったとき、はたして登山というのはどうなんだろうなあ。でも、みんなそれぐらいわかっているのだ。そんな浅薄で教科書的な批判など吹き飛ばすような強烈な魅力、魔力と言ってもいいかもしれない、それが山にはあるのだろう。知人で、仕事でお金を貯めたらすぐに山へ、下山したらお金を貯めてまた山という人がいた。山に囚われたら一生離れられないのだろう。

私にはよくわからない価値観なので、だからこそ観たい作品。登場人物が多いせいか、一人一人にあまり時間をかけられず、思い入れが生じなかったのが残念。







山にとりつかれた男を描いた「神々の山嶺」(夢枕獏)は面白かったなあ。



もう20年ぐらい前のゲームですがプレステで「蒼天の白き神の座」というと登山ゲームがあります。ひたすらルート工作と荷上げをくり返して山を登る修行僧のようなゲーム。何が面白いんだという感じですがすさまじい中毒性がある。夢中になって、あっという間に5,6時間たってるんですよ。

どんなに注意を払っていても雪崩で一瞬にして隊が壊滅する不条理もある。しかし、ゲームながら登頂に成功したときの感動はひとしお。プレステでもっとも面白いゲームでした。

今はプレミア価格がついていて29,500円で売られていますね。売ろうかな‥‥。攻略本も持ってるのよ。続編出さないかなあ。仕組みが面白いので今でも十分遊べます。