07
2016

ハンナ・アーレント

HANNAH ARENDT / 2012年 / ドイツ、ルクセンブルク、フランス、イスラエル / 監督:マルガレーテ・フォン・トロッタ / 実在の人物を基にした映画
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人は自分の見たいものしか見ない。
【あらすじ】
ナチス親衛隊でユダヤ人の強制収容所移送の責任者だったアドルフ・アイヒマン。哲学者であるハンナは、アイヒマン裁判を傍聴して記事を書く。雑誌「ニューヨーカー」に掲載された記事が発端となり、周囲からの非難にさらされる。


【感想】
娯楽的要素は薄い映画なんですね。哲学者ハンナ・アーレントの人生に焦点をあてたというより、言論、同調圧力、全体主義などについて描きたかったのでしょうか。

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ハンナ・アーレントがレポートしたアドルフ・アイヒマンの正体は、ホロコーストに加担した残虐な殺人者などではなかった。それどころか、どこにでもいる平凡な役人にすぎなかった。考えることを拒否し、ただ命令に従っただけの気の小さい男だった。ハンナのレポートしたアイヒマン像にユダヤ人たちは納得せず、彼女を厳しく批判する。

さらに、ユダヤ人指導者たちが、ナチスドイツに協力したという指摘にも激しく反応した。多くのユダヤ人にとって、ナチスは残虐な悪であり、ユダヤ人は完全な被害者でなければならなかった。アイヒマンを擁護するのか、同胞への愛はないのかと罵られ、家には多くの抗議の手紙が届く。

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ハンナの友人の多くが彼女との交流を断った。また、大学は彼女を辞職させようとする。当初、ハンナは雑誌の一記事がこんなに大きな騒動を巻き起こすとは予想していなかった。

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現代でもこういった状況にあてはまることが増えているのかもしれない。ネットの炎上、掲示板の誹謗中傷などをみれば、いかに人は自分の見たいものしか見ないかがよくわかる。事実であるかはどうでもよくて、感情的に許せないものを攻撃する。何か一言いいたいんですよね。

気に入らないものをよってたかって押しつぶそうとする圧力の醜さはいつの時代も変わらないのだろう。アイヒマンのように何も考えず悪を行うことを、ハンナは「悪の凡庸さ」と名付けた。現代で悪の凡庸さに陥っている人は、そこかしこで見つけることができる。だからこそ、あえてこの映画を作ったのだろう。

現代人は昔の人よりも賢く、倫理的になっているだろうか。インターネットのようなすばらしい技術が普及しても、それを偏見を助長する道具として利用しているとしたら、そう思うと悲観的になってしまいますが、良い方向にだってたくさん使われている。ちょっとずつでいいから、マシな人間になりたいものです。

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