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2016

オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分

LOCKE / 2013年 / イギリス、アメリカ  / 監督:スティーヴン・ナイト / ドラマ
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その歳になってわかること。あの人も実はたいへんだった。
【あらすじ】
忙しいので複数のトラブルを全部電話で解決しようとします。無理。



【感想】
主演のトム・ハーディはとても魅力的で、この人が出ているとつい観てしまいます。無口でさびしげな人物を演じることが多い印象。今回はまあよくしゃべりますよ。怒って、おだてて、頼んで、謝って、泣いて。怒鳴った1分後にもう謝ってます。お忙しい。

原題「LOCKE」は主人公の名前アイヴァン・ロック(LOCKE)のことです。邦題「オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分」は、映画の内容をそのまま表している。高速道路で目的地に向かいながら、自分と関わりのある人たちに次々と電話をしていく。実時間と同じ86分の映画。ずーっと画はこのまんまですね。トム・ハーディとカーナビしか映らない。なんと安上がりな。

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超高層ビルのコンクリート流し込み工事を明日に控えた建設会社社員アイヴァン・ロック(トム・ハーディ)。仕事を終え、妻子の待つ家に帰ろうと愛車BMWに乗り込むと一本の電話が掛かってくる。電話は過去に一度だけ関係を持った女性だった。彼女はまさに今、病院でアイヴァンの子を出産をしようとしていた。

アイヴァンは彼女に付き添うため、病院へと車を飛ばす。会社にとって重大な明日の工事に立ち会うこともできなくなる。無茶ではあるが部下に作業を電話で押し付ける。突然のことに部下は混乱し、会社からはクビを宣告され、浮気相手は出産の不安から動揺、すべてを正直に告白すれば妻は激怒、てんやわんやでございます。

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起こっている出来事が、本人にはものすごくたいへんなのだけど、映画として観るには平凡なんですよね。危機のスケールが小さい。宇宙人が攻めてきたり、隕石が落ちて世界が破滅したりはしない。どうでもいいことのように思えたのだ。でも、わたしたちの身の回りに起きる出来事って、こういった類のことがほとんどだろう。宇宙人は来ないし、隕石も落ちて来ない。

で、ちょっと退屈しながら観ていたのだけど、疑問が湧いた。なんでアイヴァンは浮気相手のところへ、すべてを放り出して駆けつけようと思ったのだろう。浮気相手から「わたしのこと愛してる?」と訊かれるが、はっきり否定する。正直な人だな‥‥。

そもそも彼女とは一度関係を持っただけで、以降は連絡もなかったのだ。なのに、ちゃんと責任をとって立ち会おうとする。この「責任をとる」というのが彼の信念なのかもしれない。

明日の工事へも立ち会えないので上司からクビを宣告されるが、クビになったこととは別に工事は部下に指示をして完遂しようとする。妻にも浮気を認めて謝罪する。サッカーを一緒に観る約束だった子供たちにも、今起きていることの説明を約束する。彼がやっていることは「責任をとる」といえば立派だが、どの問題も電話で済むような簡単なことではない。混乱させるばかりになっている。じゃあ、無茶とは知りながらなぜということだけど、それは父親のせいなんですね。

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いろんなところから矢のように電話が掛かってくる中で混乱気味のアイヴァンさん。ちょっとおかしくなりながら「俺は全部適切に対処できるんだ。あんたとは違う」と父親を罵りだす。恐らく父親は過去に彼と似たような状況にあったのだろう。彼が依怙地にすべてにおいて責任をとりたがるのは、自分は父親とは違うという意地なんですね。

詳しく語られないものの、たぶん父親はアイヴァンをおいて浮気相手のところに行ってしまったのではないか。そして、父親に捨てられた(本当は父親は彼を愛していたのかも)との想いが彼の心の傷になっている。だが、奇しくもアイヴァンは父親と同じ状況に陥っている。

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これは、かなり好みが分かれるんじゃないでしょうか。人によっては「で?だから何?」っていう。

さまざまな出来事が進行していく中、弱り切ったアイヴァンは「今ならあんたのやったことがわかる」みたいなことをいう。もう泣いてしまい弱りきっている。

この映画は画面にほとんど動きはない。アイヴァンの表情とたまにカーナビの画面が映る。カーナビには、ただ真っすぐに目的地へ続く道が映るだけなんですよね。これはどういう意味かと考えていた。

生きているとミスはする。そのミスをカバーするとき、仕方なく切り捨てなければならない部分がある。アイヴァンは妻をなだめるために家へ向かうことや、明日の工事のトラブルを避けるため会社に戻るという選択もあった。でも、体は一つしかないわけで、浮気相手の出産に立ち会うことを選ぶ。カーナビが指し示す目的地が一つなのと同じで、わたしたちは同時にいくつかの物事をすすめられないことがある。何かを選ばなければならないときがある。

アイヴァンの父親は、その選択においてアイヴァンを捨てることを決断したのだろう。彼にとってそれは苦渋の決断だったが、アイヴァンには「捨てられた」という感情しか残っておらず、父を恨んで生きてきた。彼のようになりたくない気持ちが「俺は全部適切に対処できるんだ。あんたとは違う」という言葉なのだろう。できてないんだけども。

でも、自分が似たような立場になったとき、はじめて父親の気持ちがわかった。やっぱり子供がかわいいんですよね。自分の帰りを待っていて、サッカーを一緒に観たがっている。両親に何かが起きているのを察知して心配する子供たち。

「お父さんがビールを飲むなら、僕がソーセージを焼くよ」という言葉は、ちょっとぐっときてしまいました。アイヴァンも、きっと幼い頃は父親が好きな子供だったのだろう。その歳にならないと、わからないことってあるからなあ。人によっては、なんでこんなつまらないことを映画にしたのかと思うかもしれませんね。



以下は、映画とは関係のない思い出話ですので興味がない人は読み飛ばしてください。

わたしが幼い頃、父は事業に失敗して家はかなり貧しかった。でも、わたし自身が貧しさを苦にしたことは一度もない。なければないなりにやっていて、なんとも思っていなかった。うまく見ないフリができるというか。

子供の頃におもちゃのミニカーが流行した。当然欲しかったけれど、ミニカーを買ってもらうこともなかったし、ねだることもなかった。親に何かをねだるという考えがそもそもなかった。どこかで貧しさをわかっていたのかもしれない。その頃は中古車のチラシがよく入っていて、チラシの車を切り抜いてミニカー代わりにすることを思いついて驚いた。これなら何百台でも所有できる。天動説で生きてきた人間が突如、地動説を聞かされたような感動というか。おおげさ。

でも、クッキーの缶にためた何百枚の切り抜きを友達に見せたことはない。きっとどこかで、それは少し恥ずかしいとわかっていたのだろう。そんな貧しさの中でもクリスマスは特別だった。父は食品関係に就職したので、取引先から割り当てのケーキを買わなければならなかった。子供にはそんなことは関係なくて、ひたすらクリスマスが待ち遠しかった。大きなホールケーキが二つも食べられると毎年無邪気に喜んでいた。食べきれる量ではないし、朝ご飯に出たり、何日間も続くけどそれでも嬉しかった。ケーキも今は好きな時に食べられるけど、当時はクリスマスだけだった。

あるクリスマスの日。父親が帰るのをというか、ケーキが到着するのを今や遅しと待っていると父親がようやく帰ってきた。待ちに待ったケーキを開けてみると、ケーキは二つとも箱の中でぐちゃぐちゃに崩れている。スポンジの上に描かれているはずの生クリームの模様などなくなってしまい、箱の内側にクリームがへばりついてしまっている。持ってくる途中で落としてしまったのかもしれない。

「こんなのはケーキじゃない!」と怒ったのを憶えている。年一回の楽しみだし、どうしても許せなかったのだ。いつまでも未練がましく文句を言い続けるわたしに、父は「黙って食え!」と機嫌悪く怒鳴った。あれから二十年ぐらい経ち、わたしも就職した。父は当時、会社まで片道二時間ぐらいかけて通勤していた。都内では珍しい話ではない。わたしも最初の会社は、一時間半ぐらいかけて通勤していた。

子供のわたしに想像するのは無理かもしれないけど、押し合いへし合いの通勤ラッシュでケーキを持って帰るのはなかなか大変なんですよね。うまく網棚に載せることができればいいけど、もしできなければ周りからも邪魔になるし、ずっと抱えていなければならない。そういう父の苦労がわかってなかった。ラッシュで揉まれてつぶれたか、落としたか、ケーキはひどい状態だった。

ケーキが台無しになったことで怒っていたけれど、自分が就職してラッシュの中を通勤するとき、はじめて父の苦労が少しわかったように思えた。あのときの父の心境を考えることがある。家が貧しくて年一回のクリスマスケーキを本当に楽しみにしている子供に、つぶれたケーキを渡す気持ちはどんなだったのだろう。とても惨めで情けなかったのではないか。父だって苦しかったのかもしれない。父はもう亡くなってしまい、どう思っていたか確かめる術はない。ただ、謝りたかった。ケーキを運んでくれてありがとうと伝えたかった。

やっぱり、ある程度の歳にならないとわからないということはあるのかもしれませんね。わたしにとっては父親のことを思い出した少しだけ特別な映画になりました。

長々と書いておいてなんですが、そんなに面白い映画じゃないですよ。


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