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2016

アリス

NĚCO Z ALENKY / 1987年 / チェコスロバキア、スイス、イギリス、西ドイツ / 監督:ヤン・シュヴァンクマイエル / ファンタジー
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誰かの悪夢をのぞき見るような。
【あらすじ】
ルイス・キャロル原作「不思議の国のアリス」を基にした物語。こ、こんなんだっけ‥‥。



【感想】
「好き嫌いが分かれる」といわれる作品がありますが、ヤン・シュヴァンクマイエルの作品がまさにそうですね。かわいさを残しながらもかなりグロテスクなキャラクター、目玉や内臓などの瓶詰め、暴力的な振る舞い、いかようにも解釈できる不思議なストーリー。悪夢を映像化したなら、こんな感じになりそう。静止している物体を一コマ一コマ撮影し、動いているかのように見せるストップモーションという技法で撮影されています。えらく手間がかかりそう。

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アリスを演じたクリスティーナ・コホトウヴァー以外に人間は出ません。かわいい子なのは間違いないし、出てくるキャラクターも不気味ながらかわいくもある。ただ、わたしたちが好むかわいさとは何か別のかわいさであるような。ディズニー的なかわいさではなく、もっと猥雑で生々しさをともなっている。

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アリスの口元を極端に拡大して見せるのも何か怖い。部分的に黄ばんだ歯、糸をひく唾液まで見ることができる。何を意図して撮られたかさっぱりわからないものの、異様さに惹きつけられもする。かわいさの正体を突き詰めていくと、不気味さに突き当たるということなのか。かわいさを構成する要素に不気味さも包含されるというような。

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アリスを不思議な世界に導くウサギ。破れた腹からは血の代わりにおがくずを出し、懐から海中時計を取り出すときには時計についたおがくずをペロリと舐めてみせる。かわいいといえばかわいいような。でも異様。

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なにかというと、すぐ首をはねたがるから好きだ。

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やっぱ怖いかも。

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「わかる」と「わからない」の関係は一方通行だと思っていた。算数などでわからない問題があったとして、でも一度理解してしまえば「わからない」には戻れない。時間の流れと同じで不可逆である。だが、この一方通行に当てはまらないものもあるのかもしれない。

子供の頃に好きだった虫が今は苦手になっている。あれはなぜだろう。理解できていた虫の良さが今はわからない。昔はカブト虫やクワガタを飼っていたし、ダンゴ虫をひっくり返して遊びもした。今は虫を気味悪く思うだけだ。虫の良さが「わかる」から「わからない」へ逆行してしまったのだろうか。そもそもスタート地点を「わからない」に設定したのが間違いで、最初から「わかる」という状態だったのかもしれない。

この映画を観ていると、わけのわからない不気味さ、残酷さにぶつかる。

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無数の釘が打ち込まれたパン。虫のようにも見える。かつて、わたしがわかっていたものがこの映画にはあって、今はわからないながらも惹きつけられてしまうのだろうか。

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おとぎ話には暴力的で残酷なものも多い。だが、子供はそういったものに惹きつけられる。大人になってしまえばわからなくなってしまう何か、社会性を身につけた代償に失った何か、そんなものがこの映画には含まれているように思える。

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アリスは物を食べることで巨大化したり、人形のように小さくなったりする。大きくなったり小さくなったりを繰り返すが、それが成長ということなのかな。巨大化すれば強くなってウサギから殺されることもなくなるが、身動きがとれなくなる。かつて行くことができた場所にも移動できなくなる。これは大人になるということの隠喩なのだろうか。

ごちゃごちゃ考えて観ることに意味なんてないのかもしれない。好きか嫌いか、それこそ子供のようにただ楽しめばいいような気もする。変わった映画ですよ。


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