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2017

わたしを離さないで

NEVER LET ME GO / 2010年 / イギリス、アメリカ / 監督:マーク・ロマネク / SF、恋愛
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オリジナルとクローンの違い。
【あらすじ】
ちょっと変わった寄宿学校ヘールシャムで育てられました。あとは出荷を待つのみ。



【感想】
原作はカズオ・イシグロの小説。原作未読です。以下は物語の重要な部分に触れていますので未見の方はご注意ください。

カズオ・イシグロの作品はどう解釈してよいかわからないものがある。この作品は世間から隔離された寄宿学校ヘールシャムで育った少年少女の物語。彼らは一見、普通の人間とは変わらないがコピーと呼ばれるクローン人間。大事に育てられはするが、それは人間への臓器提供のためであり、コピーたちが中年以降も人生を送れる可能性はない。うまくいっても4回目の提供で‟終了”となる。

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ハリー・ポッターが起居したホグワーツ魔法学校を思わせるようなヘールシャムの雰囲気。寒々しく古臭い感じがまたいいんですね。

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この映画はコピーたちの恋愛、嫉妬、生きる意味などを描いた作品なのかもしれない。コピーから臓器提供を受けたオリジナルたちの平均寿命は100歳に達した。ただ長く生きることに価値はあるのか。たとえ、はかなくても、そこに真の愛情がありさえすれば価値ある人生だったといえるのではないか。それが作品の訴えたかったことなのかもしれない。だが、それとはべつにどうしても気になる点がある。
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似たような設定で思い浮かぶのがマイケル・ベイ監督の「アイランド」というハリウッド映画。「クローンにも人権があるんだ。俺たちは臓器提供のために生きているんじゃない!」と自由のためにクローンが立ち上がる。こういうのはアメリカでは受けると思いますし、主義主張がわかりやすい。ちょっと奴隷解放を思わせるのも共感を得やすいような。なにかというとすぐ爆破するのも実にマイケル・ベイっぽい作品。ベイは名刺代わりに爆破するようなところがある。

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「わたしを離さないで」には作中に描かれてない大きな疑問がある。作者が訴えたいこととは違うから意図して省かれたとも考えられる。ヘールシャムで育った生徒たちは、誰も「人権」などと口にせず当然のように臓器提供を受け入れる。反抗もせず、自殺や逃亡もしない。従順に運命を受け入れる姿が理解できないのだ。ただ、コピーであっても真の愛情があれば一定の期間、提供猶予を受けられるという噂にすがるぐらいなんですね。

革命を起こしてこの狂った仕組みを破壊するのだ! というマイケル・ベイっぽさは微塵もない。まったくベイベイしていない。

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なぜ作者はコピーたちの反発を描かなかったのだろう。この臓器提供システムに疑問を呈したのは寄宿学校の先生(臓器提供を受ける側)で、彼女はコピーたちには輝かしい未来など待っていないことを教えてしまう。そのせいで学校を追われることになる。

完全な支配とは、支配される側が支配についての疑問すら持たず、むしろそのシステムをより強固にしてしまうということだろうか。

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描かないということが、かえって疑問について考えさせることになり、それは強く描くことに等しいのか。うーん、よくわからない。やっぱり、そこは本筋から離れたどうでもいい部分ですよということなのかもしれない。

キーラ・ナイトレイ(中)がまた実にいやらしい役を演じてましたねえ。彼女の支配欲、独占欲というのも、限られた寿命の不安からくるものだったのかもしれない。

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ちょっと気になったのがタイトルの題字。R、M、G、Oのフォントが欠けたりずれている。上の役者名のフォントと同じようだけど、あちらは欠けてないから意図的に欠けさせたのかな。欠けていても問題なく読めるし、まったく気にならない人もいるだろう。

オリジナルもコピーも違いなどない。そんな意味なのかな。

オリジナルとコピーという考え方がいびつで、オリジナルが二つと考えてもいいのかもしれない。SFでありながら奇妙なまでの静けさに満ちた不思議な作品でした。



日本でもドラマになってたんですね。
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