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2017

蜩ノ記

2014年 / 日本 / 監督:小泉堯史 / 時代劇 / 129分
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完全に美しい日本人たち。
【あらすじ】
殿様に「10年後、切腹しろ」といわれた。



【感想】
原作は葉室麟の同名小説「蜩ノ記」(ひぐらしのき)。原作未読です。

葉室麟は母が好きで、わたしも何冊か読んだことがある。小さく貧しい藩を舞台にした物語が多いですね。

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城内で刃傷沙汰を起こした檀野庄三郎(だんのしょうざぶろう、岡田准一、上)は、家老・中根兵右衛門の温情により切腹を免れる。だが、その代わりに向山村に幽閉されている戸田秋谷(とだしゅうこく、役所広司、下)という男の監視を命じられる。

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庄三郎は監視を兼ねて、秋谷の家譜編纂を手伝う。秋谷の人となりに触れていくうちに、庄三郎は秋谷の魅力に傾倒していく。侍でありながら農作業を率先して行い、村人たちからの信望も厚い。子供たちには寺子屋で論語を教える。偉ぶったところなど少しもなく、温厚篤実を絵に描いたような人柄。秋谷は大殿の側室との不義密通により切腹を申し付けられたが、秋谷の人柄から察するに庄三郎はこれを冤罪と確信して調査を開始する。

秋谷は「武士の美学」なのか何も語らない。こういうところが武士の面倒くささというか。庄三郎は秋谷がしゃべらないことはわかっているので、あちらこちらに手を回して調べまわる。庄三郎がやっと手に入れた秋谷の無実を証明する書状も、秋谷は潔白を証明するために使おうとしない。

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秋谷と浮気した(本当は何もない)といわれる側室・松吟尼もすでに赦しを得ているし、切腹を申し付けた大殿は秋谷の無実を証明する書状を松吟尼に預けて亡くなっている。つまり、大殿は時間が経ってから秋谷を赦すつもりだったことがうかがえる。もはや秋谷が切腹する理由が失せているようにも思えるのだけど。秋谷は自分から腹を切りに行ってるような‥‥。

古き良き日本人像なのかもしれない。藩のために何も語らず、すべてを墓まで持っていくという。家族も秋谷の無実を確信していながら訴え出ることはない。家族は深い信頼で繋がっており、狼狽える様子すら見せないのだ。立派を通り越してなにやら人間離れして見えるぞ。

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ここがねえ、どうしても納得しがたいところでした。封建時代を描いた物語に現代の価値観を持ち込んで「納得がいかない」というほうがおかしいのかもしれない。



◆組織と個人
組織を救うために個人が犠牲になってよいのかという問題はいつの時代にも存在する。それが藩だったり、国だったり、会社だったり、状況によって置き換わるわけだけど。だが、犠牲になる個人というのも間違いなく組織の一部なのだ。

秋谷が「自分が我慢すればよい」とみずからを犠牲にすれば、第二第三の秋谷をいつか生み出すことになりはしないか。また同じ騒動が持ち上がって誰かが犠牲にならないとも限らない。そんな犠牲を個人に強いてよいのかという疑問がある。そもそも、誰かの犠牲の上に藩が成り立つしかないのなら藩などなくなってよいのだ。「自分が我慢すればよい」というのは美しい考え方だと思いますが、そういった人間は組織が危機に瀕した時、「組織のために我慢してくれ」と誰かを犠牲に選ぶことも考えられる。

舞台となった藩はけっして善良とはいえない家老と、その家老と深い繋がりを持つ商人に牛耳られている。悪がはびこっていると知りながら、侍の美学に従って死を選ぶというのは自己の美学を優先しすぎるように思える。それよりも生きて藩を改革すべきなのではないか。生きてこそ藩に尽くせるわけだし、領民のためにもなる。

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そんなことを思えば、ちょっと秋谷の決断に納得がいかず、なんともモヤモヤ感が残りました。だがですよ、仮に秋谷が「切腹やめた」となると物語として締まらない気もする。じゃあ、切腹していいと思います。どっちだよ。

それはそれとして堀北真希はきれいだし、岡田准一の居合いや柔術も良かったですね。みな、立ち居振る舞いが美しい。役所広司は「三匹が斬る!」の野性味あふれる豪快なイメージがいまだに強く残っている。あの「嫌いな奴はとりあえず斬っとく?」いう軽さから、今回の思慮深い男へのギャップがすごい。

「雨あがる」もそうですが小泉監督の作品は完全に美しい日本人が出てきますね。今回は農民の子供までも完全な美しさだった。小泉監督が師事した黒澤監督といえば、弱そうに見えてときに侍をだますしたたかで生命力あふれる農民を描いていた。対照的にも思える。

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あまりにも全員が完全すぎて、というのも変な文句の付け方なのだけど、なんだか登場人物たちを生きた存在として感じられない。強引に泣かせようというわけでもなく、やりすぎてないのですが。わたしが不完全すぎるからだろうか。美しい人たちが出てくるいい映画、でもどこか遠くに感じる映画でした。


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