05
2017

バトル・オブ・ライジング

MICHAEL KOHLHAAS / フランス、ドイツ / 2013年 / 監督:アルノードゥ・パリエール / 中世 / 122分
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コールハースはなんのために戦ったのか。
【あらすじ】
領主が横暴なので反乱します。



【感想】
大好きなマッツ・ミケルセン主演作品です。マッツ・ミケルセンとマッツ・ミケルセンの胸毛が観られる。他には特にない。

原作はハインリヒ・フォン・クライストの「ミヒャエル・コールハースの運命ー或る古記録より」。えらく古い作品ですよ。フランツ・カフカが好んで読んだそうだから、それはもう古い。


「バトル・オブ・ライジング」というタイトルは、圧政に対して立ち上がる民衆の躍動感あふれる戦いを思わせる。だが、この作品は淡々としており戦闘場面はあまりない。戦闘場面どころか、そもそも娯楽的要素がほとんどない。これはみんな寝てしまうんじゃないだろうか。みんななどといってみたが、わたしが寝た。

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馬商人コールハース(マッツ・ミケルセン)は領主に正当な理由もなく馬二頭をとりあげられ、彼の使用人はひどい暴力を受けた。訴訟を起こすが不当に却下される。彼の妻は王妃に直接訴えようとするが衛兵に暴行されて死ぬ。コールハースは反乱を起こし、領主の城を落とすことに成功する。領主をかくまう修道院を焼き討ちし、逃げ延びた領主を追いかけるも、仲裁に入った聖職者(原作ではマルティン・ルター)の勧めにしたがって投降することになる。

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コールハースがね、無表情で何を考えているのかまったくわからない。ただひたすらに「馬二頭を返せ」というわけですよ。これが不思議といえば不思議。もう、反乱軍を従えているのでとっくに馬二頭以上の物は持っている。交渉の仕方によっては、馬どころか領地でも手に入れることはできそうだがそんなことはしない。

仲裁に来た聖職者から裁判を行うという約束を聞き、軍を解散して投降してしまう。投降すれば、反乱の首謀者として殺される可能性もあるわけです。

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なんのために反乱を起こしたのか娘から問われる。妻が殺されたため、馬二頭のため、コールハースはどちらの理由も否定する。かといって民衆のためというわけでもないようなのだ。信じる道を貫けば世の中が良くなるとか、みずからの死をもって世間に正しさを示すとか、そういった理由にも思えない。怒りは当然あるのでしょうがコールハースの表情からは怒りがほとんど伝わってこない。筋の通らないことが許せない。ただ、その一点なのかもしれない。

コールハースはどうすべきだったのだろう。最初に馬二頭を奪われたとき、泣き寝入りしていれば馬だけの損害で済んだはずである。だが、彼は正当な権利を主張し馬の返還を求める。結果として事態はより悲惨なほうへ進んでしまう。

コールハースは聖職者の勧めに従って武装解除をする。彼が街を攻めるのをやめたため王妃は命拾いをする。王妃はそれを知りつつもコールハースの恩赦に反対する。最後にはコールハースは処刑される。彼に信仰心があり、聖職者の勧めに従ったばかりに死を招くことになる。

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コールハースの胸毛を見つめる王妃。

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「あら立派な胸毛ね」と思っているかどうかは知らない。

当時の価値観を推し量るのはとても難しい。この物語が何を訴えているか、よくわからないのだ。神への向き合い方なのか、腐敗した貴族に対する憤りか。それと領主の描き方も気になる。彼は悪人でありながら嫌な感じではない。おとなしく表情も乏しい。人としての生き生きとした感じがない。人というよりも、悪や罪の象徴として描かれているのかな。絶対的な悪に向かい合ったときにわたしたちはどうすべきかという。

正しさとは何か、コールハースはどう行動すれば良かったのか。観終わってもまったく心が晴れることはない。灰色の雲に覆われた空のような映画でした。


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