02
2017

うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー

1984年 / 日本 / 監督:押井守、原作:高橋留美子 / SF / 98分
V1__201703012046186e0.jpg
この世界が夢かどうか、どうやって気づいたらいい?
【あらすじ】
学園祭前日から日が進まない。



【感想】
高橋留美子というと「うる星やつら」や「めぞん一刻」が有名ですが、わたしの子供の頃は女子に人気があって男はそんなに読んでなかった気がする。ラブコメだからかな。「らんま1/2」をちょっとテレビで観たぐらい。

で、この「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」ですが、いやはやびっくりしてしまった。こんな新しいことを押井監督は1984年にやっていたとは。すごいですね。今でこそ複雑な世界観を描いたアニメというのは増えましたが、当時よくこれでオーケーが出たなあ。今、観ても十分鑑賞に堪えるし面白い作品です。

17.jpg

サツキ(中央)は、喫茶店で温泉先生(右)と話しをするうちにこの世界がどこか変だと気づき始める。学園祭前日からなぜか時間が進まないのだ。まるで怪談を聞くような雰囲気。本当はラブコメディなのにちょっと怖いんですよ。二人はどうにかして時間の流れを元に戻そうと行動を起こす。

自分たちが住んでいる世界が現実ではないと気づくときの描写もすばらしかった。面堂終太郎が水道の栓をひねるが水は出ず、ラムちゃんが水道に触れた途端に勢いよく水が出る。

クリップボード02

この場面、美しいのにゾクっとしてしまった。観客は、彼女の楽しそうな様子と、その背後で起きている恐ろしい何かを予感する。美しさと怖さが同居する瞬間で、ここ本当に見事ですねえ。

彼女の願望によってこの世界は構築されているのだ。それは彼女の意識ではなく無意識によってであり、その無意識を利用したものがいるはず‥‥、というふうに話は展開していくのだけど、ここらへんはSFであり謎解きミステリーであり、話がとても魅力的なんですね。

ki.jpg

無意識を利用した夢邪鬼(左)も癖があって面白い。夢邪鬼自身は善悪もなく、ただ人の願望を叶えるだけだという。彼は、ラムの純粋な夢を実現したかった。これは価値中立的な技術論に似ている。銃で人を守ろうが傷つけようが、それは銃を使う人間の善悪であり、銃自体には善悪がないというもの。

ラムの夢は純粋で、仲間たちと学園祭の準備を楽しみたいというだけのものだった。はたしてラムの夢から作り出された世界が本当に問題があるのか、その判断も難しい。ラムに自覚がなく世界が構築されている様子は「涼宮ハルヒの憂鬱」を思わせる。

サクラ(右)と面堂終太郎以外はこの世界を楽しんでいて、違和感を感じていても積極的に何かを変えようとはしない。わたしたちは、これから一生寝続けるとして、そこで楽しい夢が見られるのであれば起きなくても良いのだろうか。いつまでも続く虚構の楽しい世界を破壊して、理不尽と苦痛に満ちた現実に戻る必要があるのか。などと書けば完全に駄目な人っぽい。

al_20170301204621b17.jpg

夢から覚めたと思ったらまだ夢の世界だったり、抜け出すまでの試行錯誤も面白い。戦車や戦闘機が出るのも押井監督ならではですね。

この作品が嚆矢となり、現在のループ物、シミュレーション仮説等の作品に影響を与えたのでしょう。登場人物たちはみな軽いのですが、ときに哲学的で怪談的不気味さと謎解きも味わえる贅沢な作品でした。

1984年当時の町並み、電話ボックスが現役なのも懐かしいですね。


関連記事
スポンサーサイト

0 Comments

Leave a comment