18
2017

アナザー・プラネット

ANOTHER EARTH / 2011年 / アメリカ / 監督:マイク・ケイヒル / ドラマ、SF / 92分
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もう一人のわたしは、わたしよりマシな人生を送っている?
【あらすじ】
交通事故を起こしてしまい立ち直れない。



【感想】
突如、第二の地球が出現するという設定ながらSF色は強くありません。自分を見つめ直し、再生していく物語。哲学的な話も出てくるが罪との向きあい方がテーマなのかな。SF的な映像はなく、地味な田舎町を行ったり来たり。低予算映画ともいう。

でも好きですよ。

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ある晩、ローダ(ブリット・マーリング)は空に浮かぶ不思議な惑星に気をとられ交通事故を起こしてしまう。その事故が原因で、相手の車に乗っていた妊婦と子供は亡くなり、夫のジョンだけが生き残った。ジョンは、家族を失ったショックからアルコールに依存した生活を送るようになってしまった。4年の刑期を終えて出所したローダはジョンの元へ謝罪に向かうが、事故を起こした張本人であることをいい出せず清掃会社のキャンペーンだと咄嗟に嘘をついてしまう。ローダは、定期的にジョンの元へ掃除に通うことになる。

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ローダが事故を起こしたことによってジョンの人生は破壊されたが、またローダも深く傷ついていた。彼女はMITに合格するほどの頭脳を持ちながら、あえて高校の清掃員の仕事に就く。友人との交流も絶ち、家族とも話そうとせず心を閉ざしている。自分のような人間が幸せになっていいはずがないとみずからを罰しているように見えるのだ。

良心的であればあるほど、他人を傷つけたときは自分も深く傷ついてしまうのだろう。そう考えると、悪人てのは本当に楽なんだなあ。悪人で想像力がないというのは最強かもしれん。

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傷ついたジョンとローダは毎週の掃除で会うごとに少しずつ打ち解けていく。ローダがジョンに語る宇宙飛行士の逸話が興味深い。

狭い宇宙船の中で異音が聞こえる。宇宙飛行士は制御盤を開けて修理しようとするが原因がわからず音は止まらない。このままあと二十日以上もこんな音を聴いていたら気が狂ってしまう。宇宙飛行士は、この音を愛そうと考える。翌朝、目覚めたときには音は消え、代わりに美しい音楽が鳴り響いていた。

だいたい、こんな内容だった。これは人生に起きた不幸、自分の欠陥、犯した罪との向き合い方を示しているのではないか。誰もが万全の状態にあるわけではなく、突如ひどい状態に陥ることもある。そのとき、身に起きたことを受け止めて愛せればまた世界は違って見えるという。

ローダの同僚である老いた清掃員も「心を無にする」というアドバイスをする。やはりこれも苦悩への向き合い方なのではないか。だが、そんな彼でも自分の耳をつぶしてしまうのだが。

ローダはジョンの人生を少しでもいい方向へ導こうとする。ジョンの傷を癒すことが、結果としてローダの傷を癒すことにもなっている。だが、そんな二人の関係も「第二の地球」への宇宙飛行計画によって変わる。ローダは宇宙飛行士の募集に応募しており、メンバーの一人に選ばれることになった。地球に残ってほしいと頼むジョンに、ローダは自分が交通事故の加害者だと告げる。怒り出すジョン。そりゃそうなのだ。今までなんだったのよという。

もちろん彼女が全部悪いのだ。罪は償えないが、ジョンのために何かをしようとしたことは本当である。また、自分が楽になりたくてこんなことをしたのかもと正直に告白する。この態度は立派に見える。

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第二の地球との交信を試みたとき、地球側の代表と第二の地球側の代表が同じ人物なんですね。つまり、第二の地球は地球とまったく同じ環境であり、もう一人の自分が同じように生活している。お互いにとって「第二の地球」が現れてからは、地球同士はそれぞれ違った道をたどっているのではないかと推測される。一つだった生命が分裂して二匹に増え、お互いが違う意思を持つようなものかな。

ローダは第二の地球行きのチケットをジョンに譲る。第二の地球では事故が起こらず、ジョンの家族が生きている可能性があると考えた。この決断が正しいのかどうかよくわからない。仮に事故は起きてなくても、その家族はあちらのジョンの家族なのだ。あちらのジョンと、こちらのジョンは同一人物なのだろうか。それって結局、そっくりさんなんじゃないのかなあ。

わたしの目の前にわたしと遺伝子も記憶も同じ人間がいるとする。わたしが自分の顔を殴っても、目の前の人間は痛がらない。どんなに姿形が似ようと他人なのではないか。ジョンは第二の地球で何を目にしたのだろう。彼の孤独は癒されたのか。

「第二の地球」には地球と同じ世界という意味以外に「選択しなかった人生」という意味もあるのかな。あのとき違う決断をしていたら、そこには違う自分がいる。今より幸せな自分がそこにいる。

ラストでは、ローダの前にもう一人のローダが現れる。第二の地球から来たローダなのだ。その顔に笑顔はない。「あちらの世界」(選択しなかった人生)といえば無条件にこちらより幸せと思い込んでいるが、実は違うかもしれない。あちらでも事故は発生し、より不幸になっていた可能性もあるのだ。

ローダが宇宙飛行士に選ばれたのは、事故の体験を応募の課題に書いたからである。とすると、第二の地球のローダもやはり事故を経験している可能性が高い。ローダはジョンにチケットを譲ったことで、第二の地球に行くことはなくなったが、それは彼女がジョンとの関係をとおして心の傷をある程度修復できたことを示すように思う。つまり、あちらの世界でより幸せな自分を見つける必要が彼女にはなくなったのだ。

それが、こちらにやってきたローダの悲し気な表情に表れているように思う。彼女はもっと不幸なのかもしれないのだ。犯した罪を許すのも、他人に罪を償うのも、自分にしかできない。自分が受け止めるしかない。それがあの宇宙飛行士の逸話に込められているように思えた。いろんな意味のとりかたができる作品です。地味な話ながら面白い作品でした。紺碧の空に浮かぶ地球が美しい。


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