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旧作映画の感想、ネタバレしてます。
29
2017

アリスのままで

STILL ALICE / 2014年 / アメリカ、フランス / 監督:リチャード・グラツァー、ワッシュ・ウェストモアランド / ドラマ / 101分
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わたしはどこまでわたしなのか。それを考える意味とは。
【あらすじ】
若年性アルツハイマーになりました。



【感想】
たしか、渡辺謙さん主演で若年性アルツハイマーを扱ったものがありましたよね。なんだっけ。思い出せない。たしか「ラストサム‥‥」、いや、「インセプション」ではなかったような‥‥。「新・仁義なき戦い/謀殺」か? そうだった!  謙さん出てたし!


そんな若年性アルツハイマーの話である。本当に救いもない話で、そりゃもうこうなりますわなあ! という。ドキュメンタリーを観ている気分になりました。ジュリアン・ムーア演じる気鋭の言語学者アリスは若年性アルツハイマーにかかる。彼女は病気と前向きに戦うし、家族も理解がある。みなできる範囲で協力をしてくれるがそれでも病気は刻々と進行していく。

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ジュリアン・ムーアの演技はいつもすばらしい。今回も良かったですね。安定感抜群で次のメリル・ストリープの位置にいるような。何をやっても大丈夫な安心感。くまモンの中に入ってもアカデミー賞獲るんじゃないかな。

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アリス(ジュリアン・ムーア、右)はコロンビア大学で言語学の教鞭をとる。夫(アレック・ボールドウィン)は医療関係の学者。エリート夫婦で病気にも理解がある。

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子供たちもみな優秀。高収入で安定した暮らしぶりがうかがえる。この映画に出てくるアリスは、もっとも良い状況で若年性アルツハイマーにかかった女性を想定したものに思える。それですら、これ程苦しむのだという。

若年性アルツハイマーは患者本人だけの問題ではないんですね。遺伝が原因で起こるものがある。アリスも父からの遺伝と判明する。そこで子供たちにも検査を受けるよう勧める。子供のうち一人は陽性という結果が出る。彼女は双子の出産を控えていた。生まれてくる双子にも若年性アルツハイマーが遺伝している可能性があるわけです。

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娘から陽性という検査の結果を聞き、娘に詫びるアリス。娘も冷静でアリスを責めて取り乱すこともない。ただ、静かに距離を置いていく。それはもう仕方がないことに思えるのだ。頭ではアリスに責任がないことはわかっているし、アリスだって病気に悩み苦しんでいる。アリスがいなければ、そもそも自分は生まれてすらいない。それでも、やはりどこか親を恨む部分というのは出てきてしまうのかな。この娘は表に出さないだけ偉いですけど。

もっと物語を娯楽寄りにして、家族をひどい人間で固めることもできたように思う。親を責める娘や、施設に入れようとする家族、泥沼の遺産争い、妻が病気になったので浮気する夫とか。でも、そういった下衆で、わたしが喜びそうな興味本位の物語にしなかったのは良かったと思います。

アリスの病気はかなり早く進む。自宅にいながらトイレの場所がわからず漏らしてしまったり、娘の名前を間違えたりする。娘は平静を装い訂正するが、これは相当に堪えるのだ。わたしの祖母も晩年はわたしのことがわからず、わたしを違う名前で呼んだが訂正することができなかった。

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アリスは同じ若年性アルツハイマーで悩む患者の前でスピーチをする。このスピーチは心打たれるものがある。娘の意見を取り入れて、率直に彼女の感情について語っている。

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夫は新しい職を得て家を出て、代わりに末娘がアリスの面倒をみることになる。夫の決断を責められるかというと難しい。彼の研究意欲は燃え盛っているし、まだ挑戦したいことが山ほどあるのだろう。アリスを養うために稼がなければならないということもある。アリスは近い将来亡くなるだろうが、夫は順調にいけばまだ2,30年人生が残されている。

この映画に救いはない。変な救いを見せたならば、それは偽りになるからこれでいいのだ。アリスの環境は、実際に若年性アルツハイマーに悩む患者の中では相当に恵まれた方だろう。それですら救いはないのだ。

アリスがまだ判断力があるとき、病気が進行した自分へ向けて動画を撮る。何もわからなくなったとき、薬を飲んで自殺しようという動画なのだ。いざ自殺を実行しようとするが、彼女は短期記憶が保持できず、薬をうまく探すことができずに手間取る。あまりにも哀れで、アリスの自殺がうまくいくように応援したいのか、思いとどまってほしいのか混乱した。

わたしというのはどこまでがわたしなのだろう。自分の名前を忘れ、一緒に暮らす人が誰だかもわからず、それでもわたしはわたしで、そうなったときに生きる意味はあるのか。そもそも元から生きる意味など存在せず、わたしは意識があろうがなかろうがわたしなのだろうか。これは若年性アルツハイマーだけでなく、いろいろな病気が進行したときにも起こることだけど。

考えることに意味はないように思えるのだ。そうなってしまったら仕方ない。もうあきらめて受け入れるしかないのだと。だから今、やりたいことをやるしかないのだろう。ほんと明日は我が身の話ですよ。


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