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旧作映画の感想、ネタバレしてます。
06
2017

コンテンダー

THE RUNNER / 2015年 / アメリカ / 監督:オースティン・スターク / 政治 / 90分
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政治家の下半身と信条は別。
【あらすじ】
原油流出事故による企業責任を追及しているときに不倫がばれちゃった。



【感想】
データベースサイトIMDBやYahoo!映画などでも散々な評価を受けている「コンテンダー」。そこまでひどい評価を受ける作品かといえばそんなことはないように思います。この低評価は何年か後には若干改善するんじゃないかなあ。ただ、よくできていつつも星2や3をつける気持ちもわかるという。主人公が性懲りもなく不倫して、お、おまえ‥‥、ってなる。

2010年にメキシコ湾で起きたBP社の石油掘削施設「ディープウォーター・ホライズン」の事故が映画の背景にあります。ルイジアナ州選出の下院議員コリン・プライス(ニコラス・ケイジ)、彼は石油被害により生活に苦しむ地元漁師のため、一刻も早い賠償を涙ながらの顔芸で訴える。地元のために石油メジャーに戦いを挑むコリンをマスコミも応援、無名だったコリンは一躍時の人となる。

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うるさいコリンを丸め込もうとBP社は、コリンの妻(コニー・ニールセン、右)を通してコリンと接触を図る。この奥さんという人がやり手弁護士で、実にいい味出してましたねえ。キツイんですよ、ほんとに。そんで上昇志向の鬼なのだ。コリンと結婚したのも恋愛感情ではなく、彼に偉人となる資質を認めたからである。なにその、一人政略結婚みたいなやつ。

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コリンの妻は、事務所の顧客という怪しげな男をコリンに紹介する。彼の裏にはBP社がいて、石油掘削への批判を緩めることをコリンに要求する。その見返りとして、上院議員選挙のための資金提供を申し出る。

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コリンは石油掘削を中止し、自然エネルギーの活用を提唱している。また、漁民たちへの賠償のためBP社とは妥協できず、男の申し出を断る。野心家の妻からは批難されるが、彼は確かに正義の人だった。

だが、この申し出を断った直後にコリンはホテルへ向かい黒人女性と不倫を始めるのだった。オイオイ。この女性は、石油流出事故で相談に乗った漁師の妻なのである。しばらくして、エレベーターでこの女性といちゃつくコリンの不倫動画がネットに出回る。BP社がコリンを失脚させるために、手を回したのだろう。これにより彼は窮地に立たされ、議員を辞職することになる。

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不倫動画流出を知ったコリンさんのお顔。もう、ニコラス・ケイジは顔芸が最高ですなあ!
「たは~! 俺、もう駄目だあ‥‥」という感じが実によく出ていますねえ。

この後の奥さんのスーパービンタはかなりのもの。コリンさんの首、持ってかれるほどの勢いでしたよ。

不倫によって失脚というのは、日本でもよくありますね。不倫や浮気が悪いかといえば、確かにそうなのだけど。だが、暴力や窃盗などの悪とはまったく種類が違うように思う。それでも、ときに重大犯罪よりも大きな報道をされるし、許しがたい重罪人のように扱われる。彼が今まで漁民のために戦い、BP社のやり口に憤慨して流した涙は真実だった。だが、不倫によって、彼の今までの行動すべてが否定されてしまう。コリンの政治家としての働きは、下半身の働きとは別に評価されるべきだろう。しかし、庶民はBP社の巨悪ではなくコリンの不倫を許さない。

庶民の潔癖さは、アメリカも日本も変わりないのかなあ。なんだか近頃は少し潔癖すぎるようにも思うし、この傾向はSNSの発達と共に加速しているように感じる。潔癖さに包まれた嫉妬なのだろうか。政治家や芸能人という、地位もあり、年収も高い奴らを引きずり降ろしてやりたい。報われることのない自分の惨めな生活を、彼らの転落を見ることで慰めにしようという暗い喜びを感じる。

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コリンの父親との関係も良かったですね。彼はコリンに助言を与える。父親はアルコール依存症で問題を起こした政治家だったが、今では市民は彼の良かったところだけを憶えていて握手を求めてくる。庶民の忘れっぽさ、飽きっぽさ、いい加減さが目につく。

コリンという政治家を正当に評価しているのは庶民ではなく、買収しようとしたBP社の手先の男だろう。彼は、買収を断ったコリンに「庶民は虚像と実像を見間違える」と言っている。コリンの不倫を擁護する気はないが、あの不倫が自然を破壊したわけでも、漁民の暮らしを追い詰めたわけでも、職を失わせたわけでもないのだ。それなのに、コリンのしたことはとてつもない悪事のように扱われてしまった。

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で、仕事も失い、妻とも別居して失意のどん底のコリンさん。広報アシスタントの女性と飲むが、またしても不倫をしてしまうという。おい、おまえ、また‥‥となるが、なんだかかわいそうでもあるんですよ。弱くてバカで、でも人って完璧じゃないからなあ。みんなこんなものではないか。コリンですら、わたしにとっては立派ですよ。

コリンの新たな不倫相手はシングルマザーで二人の子持ち。コリンのことを愛してはいるが、元のダンナとやり直す。子供たちがコリンと馴染めるかなど問題もあるわけだし、こういう判断をしても不思議はない。人の描き方が一面的でないのはとても好感がもてる。上昇志向が強く、冷たいだけと思っていた妻が実はコリンを愛しており、意外にも義理の父親の見舞いにもきちんと行っていたのには驚いた。また、BP社の手先の男は、娘が一人でコンサートに行くのに反対する平凡な父親という面も持つ。この映画では完全な悪人というのは存在しない。

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現実世界でも、完全な悪人は珍しいだろう。「これぐらいはいいだろう」と自分の欲望を抑えられないことが、世界を少しずつ、だが確実に悪くしていくのだろう。最初と最後が共に演説場面となっているのも面白い。コリンは、今度はBP社の側に立ち石油掘削会社の人間から賞賛を浴びる。

最後の演説場面を、信念を曲げずにBP社を糾弾する内容にしておけば、観客はカタルシスを得られてこの映画の評価は簡単に上がっただろう。しかし、そんなお手軽な方法は採られなかった。安易なカタルシスを与えず、妥協してしまう弱さ、人の複雑さを描いたがゆえに作品の評価が落ちたとしたら、それはそれで仕方のないこと。登場人物たちの行動が中途半端という批判も見たが、確かにその通りなのだ。英雄でもないごく普通の人々は、そもそも中途半端で愚かである。でも、これでいいのだ。スッキリしないからこそ観る価値があるとも言える。

痛快な娯楽作というわけにはいきませんが、もっと評価されてほしい映画です。こういう弱くてどうしようない男を演じられるニコラス・ケイジがまた好きになってしまった。

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