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旧作映画の感想、ネタバレしてます。
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2017

国際市場で逢いましょう

국제시장 / 2014年 / 韓国 / 監督:ユン・ジェギュン / 127分 / ドラマ、恋愛、戦争
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「家長はどんな時も家族が優先だ」
【あらすじ】
家族を支えるために働く長男。



【感想】
邦題の「逢う」という漢字は逢瀬、逢引きなどのように、恋人や浮気相手に使うことが多い。ここで使われた「逢いましょう」は家族に向けてのものだから「会う」のほうがいいのかな。

朝鮮戦争時の興南撤収作戦の混乱により一家はバラバラになってしまう。乗船の際にはぐれてしまった父と妹は見つからず、長男ドクスは母と弟妹と共に、国際市場で店を経営する叔母の元に身を寄せる。長男ドクスは自分のことよりも家族を優先し家計を支えていく。涙を誘う場面がある映画でした。

米軍の船に避難民たちがへばりつき、われ先に乗り込もうとする場面は迫力がありました。船のヘリから転落して、下の船に体を打ちつけて死んでいく人たちがいる。「ゴリッ」というすごく嫌な音がするんですよ。そこかしこに死体が浮いている。ああやってあっけなく命を落とした人たちも多かったのだろう。

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父に「今からおまえが家長だ」と家族を託された長男ドクス(ファン・ジョンミン、下の画像左)。どこかで観たと思っていたらヤクザ映画の名作「新しき世界」のチョン・チョン兄貴じゃないですか! あ、兄貴‥‥、完全に別人に見えます。

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「新しき世界」のときは完全にあかん人(下の画像)だったのに、更生したなあ!

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すっかり真人間になりましたね。「新しき世界」のチョン・チョン兄貴とはまったく性格の違う役なのがすごい。役者が違う役を演じても、役同士の性格がどこか似てしまうことがある。それは役者の個性が強すぎるからかもしれないけど、高倉健さんなどは何をやっても高倉健に見えてしまう。別にそれが悪いということではないけど。

ファン・ジョンミンは「新しき世界」のヤクザ役では、とぼけているようで切れ者、かつ人懐っこいという実に魅力的な悪人を演じていた。本作では、真面目で家族のために自分を犠牲にする長男ドクスを演じている。本当に全然違う性格で、観終わるまでチョン・チョンと同じ役者とはわからなかった。すばらしい。

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ドクスは家族を食べさせるためにドイツの鉱山で石炭を掘ったり、ベトナムで技術者として働く。鉱山では落盤で命を落としかけ、ベトナムではテロに巻き込まれる。命がけなんですよね。彼がそこまでするのは父の言葉があったからなのだろう。

「家長はどんな時も家族が優先だ」

父の言葉があったからドクスは自分の身を犠牲にして家族のためにこれほどがんばれたのかもしれない。これは難しいところですよねえ。父の言葉が支えともなったし、彼を縛る呪いとして、自身を苦しめたかもしれない。家計を支えるため、大学の試験に合格したのに進学をせず、自分から夢を諦めてしまうこともあった。

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だけどドクスに悲愴感というものはそれほどない。どこででも、どうやってでも生きていくことができるしなやかな強さを持っている。いいですね、こういう人。彼の優しげな笑顔に救われる。ドイツでも恋人を見つけてしっかり楽しんでおります。たくましいなオイ。

ドクスの恋人ヨンジャ(キム・ユンジン、左)。ドイツで看護師として働いている。ドクスもそうですが、この時代の韓国人は稼ぐためにいろんな土地に行ってたんだなあ。キム・ユンジンは「シュリ」の女スパイや「ハーモニー 心をつなぐ歌」などに出ていますね。芯の強そうな人。

ドクスが落盤事故に遭った際には病院から鉱山に駆けつけている。野暮なことを言えばこれは職場放棄では‥‥。ドクスへの愛が強かったということでいいのかな。

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で、ドクスの老人メイクなんですが、どうしてもコントに見えてしまう。

ドクスは子供たちから店を売るように言われると不機嫌になってしまう。もう父親は死んでいるのはわかっているが、それでもドクスは父の「国際市場にある叔母の店で会おう」という言葉が忘れられないのだ。店を売るということは父の死を認めることになってしまう。ドクスの気持ちがわかるのは母、妻、幼馴染の3人だけかもしれない。これはもう仕方ないんですよねえ。

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ドクスの生き方は自分の人生を犠牲にして家族に尽くしたものだった。自分の夢は諦めたけれどすばらしい人生に思える。

現代は少しでも損をしたくないという傾向が強まっているように感じる。うまくいっても80年ぐらいしか生きられないのに損も得もないだろうよと思うけど。ドクスのように、損のほうばかりに行って大きな得を手にするのも面白い。また、得にならなくてもいいじゃないと思うのだけど。損とか得とか、選ぶ余地などなく必死に生きた時代だったのだろう。こういう映画を観ると、さすがにわたしでも親にちょっと感謝をしなくてはと思いますよ。観終わった後、10分ぐらいは思いますよ。

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朝鮮戦争によって離れ離れになった人たちを探す番組は、当時の実際の映像が使われたのだろうか。胸に迫る場面だった。

選択の許されない人生は苦しく不幸なのかもしれない。でも、そういった場所ですら自分のありようによっては有意義に生きることができるのだと思う。ドクスはずっとつらかったのだろう。妹が自分の背中から滑り落ちたのは、ドクスのせいでも妹のせいでもなかった。だが、そのために父と妹と離れ離れになってしまった。だから、家族のためとはいえ彼は死の危険があるような場所へでも出稼ぎに行ったのではないか。自分に罰を与えるような気持ちもあったのかもしれない。良心の呵責を隠し、家族のために生きたと考えると「そんなに背負いこまなくてもいいんだ」と言いたくなる。誰のせいでもなく不幸が訪れることはある。父親は蝶として店へ帰ってきたのだろう。この場面を入れることがドクスへの赦しともなるし、観ていてホッとするところがあった。

反戦映画としても観ることができるし、いい映画でした。映画が重くなりすぎないよう、幼馴染がいい味を出してますね。お薦めですよ。


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