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旧作映画の感想、ネタバレしてます。
09
2017

この世界の片隅に

2016年 / 日本 / 監督:片渕須直、原作:こうの史代 / 戦争 / 129分
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戦争中の普通の暮らし。
【あらすじ】
戦争が始まりました。



【感想】
2016年、「君の名は」と同時に話題になった「この世界の片隅に」ですが、戦争映画は観るとぐったりするので避けていた。どうせ、戦争ダメ絶対! ってお話でしょと敬遠しておりました。周囲で、日本映画史に残る傑作と騒がれれば騒がれるほど「ほんまかいな」と疑い、持ち前の天邪鬼精神から余計観る気を失くしていった。いつかやっていたら観よぐらいの感じでしたが‥‥間違いであった。もう最高だったよー! もう今すぐ観て! 観てったら観て! DVD買うかも。

観た後、仕事に行かねばならず街中で涙を抑えるのに苦労した。

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昭和19年、故郷の広島市江波から軍港のある呉に18歳で嫁いできた女性すず(CV のん)。戦争により物資が窮乏する中でも工夫を凝らし、日々の暮らしを楽しく送っていた。だが、戦局が悪化するに伴い、軍港である呉が空襲の標的となり平和な日常は失われていく。

この映画は戦争映画ではないのかもしれない。戦争映画はどうしても反戦というメッセージが強く出すぎてしまい、そこにある種の説教臭さを感じることがある。言っていることは正しいが親の叱言が耳に入らないのと同じかも。その点、この映画にはそういった説教臭さがない。すずという、ちょっとぽや~っとした子の視点から日常を描いているからか素直に観られる。

アメリカについても直接敵視するような描写はない。なんだか知らぬ間に戦争が始まり、いつの間にか巻き込まれていたという感じ。庶民の心情とはそういったものかもしれない。

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街並みの緻密な描写が温かいタッチで描かれている。当時の雰囲気を伝えてくれる。こういった背景を描くにもどれだけの資料が必要だったのだろうか。

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すずの人柄が本当に良くてねえ。貧しい暮らしでもなんとか楽しくしようとする。のんさんののんびりした声はピッタリ。まな板で野菜を刻んで鍋に入れるとき、ヴァイオリンを弾いているような仕草をするところがある。本当にね、ちょっとしたことでも楽しんでしまう姿勢がすてきですよ。

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物質的な豊かさを比較すれば現代とはまるで違う。電気はなんとか通っているがガスも水道もない。炊事のために朝5時前に起き、天秤棒を担いで水を汲みに行くところから一日が始まる。よく働くんですよね。戦局が悪化すれば配給も途絶えがちになる。四人家族の一日の配給が鰯の干物四匹というのを見ると、いかにすさまじい生活を送っていたかがわかる。アメリカの戦時中はどんな感じだったのかなあ。「二つの祖国」(山崎豊子)などを読んでも食料不足の記述はなかったように思うのだ。

すずの細やかな楽しみといえば絵を描くことで、それ以外は趣味もない。一人の時間を持つことは、この時代には難しいのかもしれない。夫の両親と同居しており、夫婦二人だけになることもない。性格のきつい姉にいびられてハゲができてしまうが逃げ道もない。

当時の人、特に女性は選択のできない人生を送っている。遊郭の女リンもそうだけど。女性には第二次大戦後まで選挙権もない。すずは夫の周作に見初められての見合い結婚だけど、顔も知らずに結婚を承諾するのだ。それでも不平を漏らすでもなく、日々の生活に楽しいことを見つけようとする。米が少なくなり、楠木正成が考案した楠公飯を再現して失敗したり。その失敗もいい思い出なのかもしれない。飢えてはいるんだけど。失敗した顔もかわいらしい。

今よりもはるかに貧しい暮らし、逃げ場のない暮らしをしているのに、すずに不幸な感じはないのだ。受動的ではなく能動的に楽しめることを探しに行っている。その姿に心を打たれるのかもしれない。現代は楽しい物に満ちている。でも、すずよりも心が満ち足りているかといえば違うようにも思うのだ。そうやって慎ましく丁寧に暮らしていた人たちが、理不尽な暴力によってただ生きていくことすら奪われてしまう。すずは戦争で家族を失う。それも、道の右側を歩いていたか左側を歩いていたかというだけのことで。すずにまったく過失はないが、それでも自分自身をずっと責め続けて、生きていかなければならない。あんまりじゃないか。痛ましさに胸が詰まる。

本当にいい映画でした。心に残る映画を一本挙げるとすれば、今はこの映画しかないです。すばらしい作品を作っていただいてありがとうと申し上げたい。






コトリンゴさんの「悲しくてやりきれない」は心に沁みいるような声ですね。



以下、観た人向けのあれやこれや。
◆抑圧された女性
当時の抑圧された女性についても、いろいろと考えさせられる。まだ女性は選挙権すらない。もっとも、すず自身は自分が抑圧されたとは思っていないだろうし、抑圧をくるんで受け流すようなしなやかさを持っている。すずはお見合い結婚なんですね。密かに想いを寄せている幼馴染の水原がいたが、すずは相手の顔も知らず結婚を承諾する。当時はそういうものだったのだろう。

水原は重巡洋艦青葉に乗っている。彼がすずの元を訪れたとき、夫の周作は水原を納屋の二階にとめてすずと二人きりにしてやる。この場面がなんともねえ、もうどう言ったらいいのか。周作は、すずを一方的に見初めて結婚を申し込んだわけで、すずに対して引け目があったのだと思う。周作は、すずが水原に想いを寄せていたことも知っていたのだろう。また、水原のすずへの想いも知っていたように思う。水原は青葉に乗れば、もう再び生きて戻れるかはわからない。それを哀れとも思ったのだろう。一晩だけ妻を貸したというのは、たしかにひどい話である。実際、その後にすずから周作はひどくなじられる。だが、周作の心情も理解できるのだ。

遊郭で暮らすリンの姿も悲しい。エンドロールはリンがどのように育ったかが描かれている。すずについても言えるけれど、選択のできない人生なんですよね。思えば、選択のできる人生というのは戦後からのことで、それを当たり前のことと考えていたけれど、それまでの時代の人々はほとんど選択できない人生を送っていたのかもしれない。



◆取材の緻密さ
ほんのちょっとしたセリフでも、けっこうな情報量が下敷きになっている。
高台にいる晴美(右)とすず。晴美は船に詳しいのだけど、呉の軍港を見て「戦艦はようけおってに、航空母艦はおらんね」とつぶやく。これが昭和19年6月。

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第二次大戦というのは、それまでの戦艦の時代と変わって航空機が戦闘の主役になっている。戦闘機で制空権を確保したあとに爆撃機でどんどん爆弾を落としていくという。航空機を積むには拠点となる航空母艦(空母)がいるわけです。日本はミッドウェー海戦で主力空母を失い、大敗北を喫した。さらにレイテ沖海戦(昭和19年6月)でも空母を失う。もうこの時点で太平洋戦争の帰趨は決定していたといってよい。「空母がいない」ということは、これからジリ貧になってアメリカに押しまくられて負けていく日本を暗示しているのかな。もっとも、レイテ沖海戦に向けて出撃していることを示唆しただけかもしれないけど。

セリフの一つ一つに意味を見つけていったら、長くなりすぎてしまった。気になったとこだけ。


・当時の暮らしぶりも面白いですね。絵の好きなすずだけど、鉛筆を一本しか持っていないのだ。鉛筆を肥後守で削り、削りカスを教室の床にある穴から捨てる。ああいう専用の穴があったのかな? それとも開いている穴に勝手に捨ててただけなのだろうか。


・傘のやりとりは、新婚初夜の夫婦のしきたりなのだろう。あれは周作が本当に傘で柿をとるもんだから、変な感じになってておかしみがある。防空壕で周作とすずが口づけをする場面がある。キスという習慣ていつ頃、定着したものなのかな。落語を聴いていると、遊女は本当に惚れた相手にしかキスをしないんですよね。

当時の生活を細かく再現しているから、何度も観た方がいいのかもしれない。新しい発見がいくつもできそう。でも、内容がつらくてねえ。8月6日、広島の原爆投下に向けて日付が進んでいくのが本当に嫌だった。起こることを知っているだけに、ヤキモキするんですよ。あまり説明はないが、すずの妹の腕に黒い痣があるけれど、あれは被爆したことを示したのだろう。


・日付の表示がわかりにくいけど、どうしてあんなわかりにくい表示にしたのだろう。元号(昭和)が書いておらず、20年6月などと表示されます。西暦の表記もない。当時の人の感覚では昭和であることは当たり前で書くまでもない。西暦という認識はなかったという意味なのかな。

西暦を昭和の元号にするには西暦から25を引く。つまり、終戦の1945年はそこから25を引いて昭和20年にあたります。頭の中で換算しながら観ていました。知ってはいますが、ちょっと面倒くさいんですよね。


・幼馴染の水原は生きていたのだろうか。水原が乗った重巡洋艦青葉はレイテ沖海戦で大打撃を受け、呉に戻りはしたものの修理の見込みが立たず繋留放置される。当時は燃料もなかったから、放置したまま浮き砲台として使われる艦がありました。

リヤカーを押しているすずが水原の横を通り過ぎる。気づかなかったのか、水原に話しかけはしない。すずは、青葉を横目に船に詳しかった晴美と水原に心の中で話しかける。このとき、晴美の姿はないが水原の姿はある。水原の姿は復員時の兵隊の姿に見える。

生きていたか死んでいたか、解釈の仕方によってはどちらとも取れる。明示されていないということは、どちらでもかまわないのだろう。せめて水原だけは生きていたと思いたい。


・序盤の人さらい。あれはすずの兄という説明を他のサイトで見ました。漫画を読むとわかるのかな。あの時点で周作にも会ってますね。
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