FC2ブログ

旧作映画の感想、ネタバレしてます。
12
2017

リセット

VANISHING ON 7TH STREET / 2010年 / アメリカ / 監督:ブラッド・アンダーソン / 92分 / サスペンス、SF
ee1_.jpg
知っていれば楽しめる、はありか。
【あらすじ】
大停電の後、街から人が消えていく。



【感想】
ブラッド・アンダーソン監督というと「ザ・コール 緊急通報指令室」は緊迫感があり面白い作品でした。他にはクリスチャン・ベイルの激痩せで話題になった痩せゆく男「マシニスト」も撮ってますね。こっちはあんまり憶えてないんだけど。サスペンスやスリラーを撮るイメージ。

で、この映画ですが、キリスト教の知識がないと理解が難しい映画なのかも。よくわからなかったんですよ。ただ、ある作品を観たとき「この知識があるとより楽しめる」というのはいいですが「知らないとわからない」とか「知っていたところで、そもそもこの話、面白いのかな」と思ってしまいましたよ‥‥。ヨヨヨ。

ようは面白ければどうでもいいのだけど。

ew1_.jpg

大停電の後に目覚めたテレビリポーターのルーク(ヘイデン・クリステンセン)。街に出てみると、人が服や靴を残して消えている光景を目の当たりにする。他に生き残った人がいないか探していき、3人と合流する。夜になると周囲の灯りは消えてしまうんですね。人間の消失という興味をそそられる導入がいい感じ。

1L__2017111200191264b.jpg

人間が消えてしまう現象には法則があるようで、明かりが消えると闇に取り込まれ消えてしまうということに人々は気づく。懐中電灯やスティックライトの光で闇を振り払う。生きのびたのは4人で、普通ならば決断力があってメンバーを引っ張っていくリーダータイプがいるものですが、この映画は全員の性格が似たり寄ったり。短気なポンコツが集合してしまった。人選‥‥。



◆人々の消失について
原題は「VANISHING ON 7TH STREET」(7番街の消失)で、劇中にもしばしば7stという看板が映し出される。キリスト教の7つの大罪か、創世記にある神がこの世界を作った7日間のどちらかを意味しているようにとれる。

7つの大罪は、傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、暴食、怠惰ですが、映画「セブン」のように7つの大罪に該当した人々が消えていったというわけではなさそう。街の人、すべてが消えているわけだし。まだなんの罪も犯してないであろう子供たちも消えている。

明かりがなくなれば闇に取り込まれるというのは、明かり=文明・技術・知恵などを示しているように思える。明かりにも種類があるのではないか。天然ものはOKなのかな。発電機で作った明かりや懐中電灯は良くない明かり、つまり技術の進歩によって作られた明かりは罰せられる。環境破壊への警鐘を感じさせる。

物語の最後に生き残った女の子は太陽電池の懐中電灯を持っていて、これは最後まで消えない。靴のかかとには蓄光する反射板が見える。これらは自然エネルギーですよね。もっとも、太陽光を蓄光するというのは技術の進歩がなければできないことなのだけど。男の子も教会のロウソクのおかげで生きのびる。

ルークが使った松明はどうだったのだろう。あれで火事を起こせば‥‥と思ってしまったが、やはり罰せられるのだろうか。

eAL__20171112001915101.jpg

印象的だったのが、ルークが運転するトラックで、このトラックが大量のリンゴをぶちまけるところ。聖書に明示されてないが、アダムとイブが食べてしまった知識の木の実はリンゴと解されることが多い。リンゴは知識の象徴であり、リンゴをぶちまけるというのは、行き過ぎた文明を捨ててやり直せという神のメッセージともとれる。

最後には男の子(アダム)、女の子(イブ)、馬(なんで?)だけが生き残るのだ。神は再び7日間で地球をリセットしたという意味なのだろうか。だけど、キリストが背負った原罪(知識の木の実を食べて善悪の知識を得た)についてはキリストが磔になることでリセットされたはずである。原罪で人間を処罰すると二重処罰にならないのだろうか。

人が地球を破壊し続けているから、やっぱり駄目ですよということなのかな。とりあえずリセットするという神の暴虐は罪にならないのだろうか。神は自分に従う者しか赦さないというのは聖書にもこの映画にも共通しているように思える。

ewL_.jpg

映画館の映写技師ポール(ジョン・レグイザモ)が読んでいる本にあるロアノーク植民地消失事件(ウィキペディア)にも植民者の集団失踪について書かれている。実際に起きた事件のようですね。ロアノークの消失とこの映画の消失に因果関係があるのかはわからない。

いろんな方向から読めるように作ってある映画ですが、やはり投げっぱなし感がある。謎が何も解決されないまま映画は終わる。謎について制作者が自分なりの答えを作り上げていて、それを映画内で明かしていないのだったらいい。でも、自分の中にきちんと設定が作られていないと、思わせぶりに何か意味があるように仄めかしてもハリボテのようにしか感じられない。どうもねえ、これ裏に何もないでしょう? と言いたくなってしまうのだ。


関連記事
スポンサーサイト



0 Comments

Leave a comment