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旧作映画の感想、ネタバレしてます。
19
2018

DEVILMAN crybaby

2018年 / 日本 / 監督:湯浅政明、原作:永井豪 / SF / 全10話
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悪魔でもない、人間でもない、境界者の物語。
【あらすじ】
悪魔人間になってしまいました。悲しい。



【感想】
久しぶりにたまげました。Netflix恐るべし。すごい作品なのだけど、過激な表現も多いし、これは今の時代に受け入れられるのだろうかと勝手に心配したり。デビルマンは子供の頃にテレビでやっていたけど、ほとんど観てないんですよね。目が怖いんだよ。あと、子供心にも女性キャラクターに微妙な猥褻さを感じるから、親の目を気にしてチャンネルを替えていたという。というわけでデビルマンについてほとんど知らずに観ましたが楽しめました。すばらしい作品ですよ。

「DEVILMAN crybaby」は一話から乱交パーティーでやりたい放題という、作ってる人の頭がどうかしているんじゃないかというほどのぶっ飛びっぷり。エロティシズムとバイオレンスは人目を引くのだけど、それだけじゃなくて境界者としての苦悩が描かれている。

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泣き虫の高校生、不動明は幼馴染の飛鳥了と再会。了に誘われるまま怪しげなパーティーに参加した明は、そこで悪魔に変わっていく人々を目撃する。そしてまた明も、悪魔の勇者アモンと合体し、デビルマンとなってしまう。明は悪魔と人間のあいのこのような存在として生きることになる。優しかった性格も見た目もすっかり攻撃的に変化する。それでも人間の側に立って悪魔と戦おうとする。だが、デビルマンとなった明の存在は人間からも悪魔からも忌避されるものとなってしまう。

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デビルマンというのはマイノリティについての物語なのだろうか。このアニメには人と悪魔の間にあるデビルマン、ハーフ(牧村美樹)などのマイノリティが出てくる。特に差別的扱いを受けるわけではないが、同性愛者も登場する。

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飛鳥了と協力して人間に害を及ぼす悪魔を退治していた明だが、了の裏切りによって自身がデビルマンであることを世間に暴露されてしまう。明は攻撃的な性格に変化したのちも、人のために悪魔と戦い続ける。それは、明を家族として迎え入れた牧村美樹とその一家の存在のおかげではないだろうか。明は美樹と繋がることで、人を信じることができている。

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美樹は外国人の父親と日本人の母親の間に生まれ、幼少時には差別を受けている。だが、美樹は性格が歪むこともなく真っすぐに育つ。彼女の一家はクリスチャンだが、美樹はまさしく聖女のような振る舞いをする。

人が人を信じられなくなり、悪間狩りと称して無実の人間を殺す世界になっても、美樹は武器を持つことを拒否する。たとえ自分が殺されようとも誰かを殺そうとはしないのだ。

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一度は悪魔に憑りつかれて心を奪われたミーコ、そして美樹は、人を殺すことを拒否して死んでいくのだ。普通のアニメであれば、美樹が殺されそうになったとき、明が駆けつけて間一髪のところで助かると思うのだがそうはならない。どこまでも冷徹で残酷な結末を迎える。

デビルマンとなった明とミーコ、ハーフである美樹は境界にいる者だ。第二次大戦時にアメリカにいた日系人たちは差別を受ける。アメリカ人にとって日系人の存在というのは、戦争をして直接敵対している日本人よりもアメリカ人にとっては憎いものだったかもしれない。国籍はアメリカ人でありながらもアメリカ人としては認められない。日本人からも敵として扱われる。どちらに属すことも許されない。差別を受けるマイノリティというのは、ABどちらの属性も持っているように見えて、ABどちらからも拒絶され憎まれる。

ミーコは蜘蛛のような見た目になってしまったが、死ぬ間際に正義とは善とは何かを人に問う。また、美樹もデビルマンであっても人間であっても、不動明を受け入れると宣言する。ありとあらゆる差別の要素がある。容姿、国籍、学歴、性的志向、性別、職業、年齢‥‥。そうではなくて、その行いによってのみ存在は評価されなければならないのだ。

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人間によって美樹を殺されたが明の憎しみは人へは向かわない。了と明は戦うことになる。ここでミーコから美樹、美樹から明、明から了へと受け渡されるバトンの描写がすばらしく、胸が苦しくなった。何度も何度もバトンは渡されるが、了はバトンを受け取らず落としてしまう。意味が解らずにポカンとしている。それでも明は何度も何度もバトンを渡そうとする。バトンは愛の象徴なのだろう。誰よりも賢いはずの了が愛についてさっぱりわかっていないというのも面白い。

ミーコや美樹の死が無駄ではないのは、しっかりと明にバトンが渡されていることで現れている。バトンが受け継がれていなければ、明は美樹の死によって人を滅ぼしていたかもしれない。だがそうはならなかったのだ。猫が死んだとき「泣いているのは了ちゃんだ」という明の言葉がある。本当に悲しいのは愛を知らない了の心であると看破していたのだろう。バトンは最後に了に渡ったのかもしれない。

もう一つ印象深かったのが、美樹の弟である。彼は欲求に負けて悪魔になりながらも涙を流して母親を食べるのだ。これはどういう意味なのだろう。同性愛者の苦しみを指しているのだろうか。どうしても世間で正常とされている異性愛者になることはできず、社会的には認められているとは言い難い同性愛者になってしまう。親の期待に応えられずに苦しむが、どうしても異性は好きになれない。父親はクリスチャンで、どうしてもこれを認めることはできずに嘆き悲しむという。

マイノリティや差別を通して愛を語った物語と解釈したのは、少し強引かもしれない。ただ、善とは何かを鋭く問うているようには感じる。あなたは人間で、人間だから善なのか。人でも悪魔でも、その為したことによってこそ評価されねばならない。非常に挑戦的で時代と格闘している作品だと思います。しびれました。

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