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旧作映画の感想、ネタバレしてます。
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2018

マイマイ新子と千年の魔法

2011年 / 日本 / 監督:片渕須直、原作:高樹のぶ子 / ドラマ / 93分
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麦畑を渡る風、川の水の冷たさ、友の柔らかな手。千年前も今も。
【あらすじ】
空想好きな田舎暮らしの女の子。たまに平安時代に行く。



【感想】
この世界の片隅に」の片渕須直監督作品ということで鑑賞。「この世界~」がなければ「マイマイ新子と千年の魔法」も観なかったかもしれない。そう考えると、やはり代表作というのは大事ですよねえ。興味を持たずに通り過ぎてしまうすばらしい作品は、星の数ほどあるのだろうなあ。

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昭和30年の山口県を舞台に小学3年生、青木新子(CV 福田麻由子)の目を通して、当時の暮らしぶりが描かれる。「こういう気持ちあったな」とか「なんでこんなことをわかるのだろう」と、大人になると忘れがちな子供の視点を思い出させてくれる。学校や家の様子も細かく書き込まれていて、当時の暮らしぶりを観るのが楽しい。

川の上に編まれた木のハンモックとか、憧れるわー。

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東京から越してきた転校生、貴伊子(CV 水沢奈子)。服装が垢抜けているんですよね。転校生というのが、またちょっとした特別感がある。色鉛筆の色数が多い、お金持ちの家の子。わかりやすい。服装や持ち物で家の経済状態が容易に把握できた時代なのだろう。私の母の学生時代(昭和30年代)も貧富の差がはっきりしていたと聞いたことがある。家が貧しくて給食費の納付が遅れがちだった友人は、校内放送で名前を呼ばれて督促されていたという。情け容赦のない時代よ。

物語の序盤は、昔の田舎暮らしあるあるが多い。昭和30年ということで、体験したことはないけれど、何か懐かしい感じ。生活感溢れる背景がすばらしいのは「この世界の~」もそうでしたね。ガスはなくて薪で炊く竈、氷屋が持ってきてくれる氷を入れる冷蔵庫(木製)も見える。ちなみに「こおりや」と打ったところ「氷屋」が変換候補の一覧になかった。業務用はともかく、家庭用の氷屋は完全に消えてしまった職業なのだなあ。

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ずっとこの時代が続けばと思うような美しく幸せそうな光景。べつに今が不幸というわけではないのだけど。郷愁を誘うところがある。

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青々とした田園、裸足で駆けまわった原っぱ、みんなで作った秘密基地、お金持ちの友達の家で出てくるちょっといいお菓子、みんなの憧れのきれいな先生、どこかで体験したことのあるような懐かしさ。

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タツヨシと新子が殴り込みに行くところは切なくなった。

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タツヨシの父親は頼り甲斐のある警官なのだ。ちょっと怖い感じの人だが、村人からは尊敬を集めている。だが、不器用な人柄なのか、タツヨシとはうまくいってなかった。殴られたこともある。しかし、タツヨシは父親のことが好きなんですね。剣道が強いという父親の木刀をしょっちゅう持ち出しているところに、タツヨシの父親への尊敬を感じる。だけど父親は酒癖が悪く、バーの女に入れあげた上にギャンブルで借金を作り、自殺してしまう。

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タツヨシも新子もバカなんですよ。子供が殴り込みに行ったところで、どうなるものでもない。それに本当にバーの女が悪かったのかすらはっきりしない。新子にいたっては、もう戻らない覚悟のような手紙を残して、タツヨシに付き合う。

バカなんですけど、そうするしかないのだ。感情のやり場がないのだから。父親のことを憎みつつ、それでも憎さと同じぐらいの深さで尊敬しているし、好きなのだ。それがわかるだけに、観ていて切ない気分になった。これねえ、父親との間にしこりがあった人は、ちょっと堪える場面になっている。新子がタツヨシと共に行くのは義侠心のようなものかな。こういう性分の子なのだ。タツヨシと新子のひたむきさに打たれる。

バーの女とヤクザが完全な悪人ではないのも良かった。誰が悪かったかなんて、どうでもいいのかもしれない。

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空想好きの新子と、新子に影響された貴伊子は、しばしば千年の昔のお姫様になる空想と現実を行き来する。特に現在の物語と直接リンクするわけでもないのに、なぜ千年前に戻る設定を入れたのだろうか。

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私が新子たちの生活を観て感じた懐かしさは、現代から昭和30年代に繋がっている。体験こそしてないものの、何か懐かしいものを感じる。昭和30年代にいる新子たちは、千年前の平安時代に繋がっているように思うのだ。

私たちは、歴史の線上において一つの点にしかすぎない。だが、太古の昔から連綿と連なってきた点によって、歴史は線を構成している。ミクロの視点では点でも、マクロの視点では線となる。それが人の歴史なのではないか。先祖から受け継いできた、無意識かもしれないが普遍的な何かを継承して私たちは今ここにいる。そういった人の繋がりの物語なのかなと思いました。体験したこともない昭和30年代において懐かしさや切なさを感じるのも、そのせいかもしれない。それが千年の魔法なのか。

いつの時代も、私たちはそんなに変わらないのかもしれない。変わっている部分というのは、物質的、技術的なものが多くて根っこのところは繋がっているのかも。だから、この物語は懐かしく切ない。片渕監督の作品は画面に映っていること以上に、いろいろなことを考えさせてくれる。他の作品も観てみたくなりました。ただ懐かしいだけではなく、私の中にある普遍的な何かをくすぐられるように感じる。


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