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旧作映画の感想、ネタバレしてます。
28
2018

スプリット

SPLIT / 2016年 / アメリカ / 監督:M・ナイト・シャマラン / サスペンス / 117分
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混迷のシャマランワールドのはじまり。
【あらすじ】
23の人格を持つ人に誘拐された。



【この作品を好きな人が好きそうな作品】
真実の行方



【感想】
シャマラン監督といえば、いまだに「シックス・センス」が真っ先に思い浮かぶ。というか、「シックス・センス」以外の作品は謎がうまく回収されずに投げっぱなしのイメージが強いのだ。それでもどこか惹きつけられて、シャマラン作品を観てしまう。

今回は、投げっぱなしどうこうより結末の登場人物に驚かされた。とんでもない方向に世界を広げてしまった。

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高校生のケイシー(アニャ・テイラー=ジョイ、上)はクラスメートのクレア(ヘイリー・ルー・リチャードソン、下右)の誕生パーティーの招待される。ケイシーは角度によっては宮崎あおいに似ているような、そうでもないような。

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帰りは、クラスメートの父(中)が家まで送ってくれると申し出る。ところが、駐車場で見ず知らずの男がケイシーたちを誘拐してしまうのだった。どうやって逃げ出そうという。いやあ、もう実にシンプルなストーリーですよ。

シャマラン監督の何が好きかというと、登場人物の描き方で、この3人の女子高生がとてもいいんですよねえ。特にクレアがいい。ケイシーはクラスで孤立しており、実はクレアはケイシーを誕生会に誘いたくなかったのだけど、一人だけ誘わなかったら誰かにSNSで何を書かれるかわかんないからとりあえず誘う。スクールカーストの頂点にいようがSNSはやっぱり気になる。いいですねえ、この感じ。

クレアの父親はちゃんとした人で、誕生会の終わりにはケイシーを家へ送ることを申し出るし、クレアも内心は渋りながらもケイシーを誘うのだ。クレアもそんなに悪い子ではない。ほんの少しの性格の悪さはあるものの、きちんとそれをカバーする社交性も備えている。こういう子、そこらへんにいそうだなという。

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3人は、怪しげな男デニス(ジェームズ・マカヴォイ)にさらわれて監禁される。

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普通、監禁されたら3人で協力して脱出しようということになりそうだけど、ケイシー(左)は心を閉ざしていてクレア(中)に否定的。こんな状況でも仲良くしないのがいいぞお!

クレアは半年だけ空手を習っていて、それで男を倒すなんて言うのですがケイシーは冷静に否定。おまえの空手なんか通用するかいという。ま、そうなんだけどさあ。もうちょい言い方‥‥。ケイシーは一匹狼だからなあ。

ホラー映画というと、罰当たりなことをする人とか、いちゃついているカップルが犠牲者として選ばれることが多い。この映画のいいところは、あからさまにバカな人がいない。みんな、それなりにちゃんとしている。描き方が丁寧ですね。

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3人はバラバラに監禁されてしまう。マルシア(上右)はハンガーを見つける。それを伸ばして、鍵を開けようとする。

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隣の部屋に監禁されているクレアはマルシアを応援。クレアは普通のいい子なんだと思う。「リラックスして。お気に入りのスウェットで家のカウチにいると想像して。落ち着いて。あなたならやれる」みたいな。

このね、まったく役に立たない感じ。善良さが生み出すイライラ感。自分が世界の中心にいる人の感じを出してくるんですよ。シャマラン監督の性格の悪さというか。うまいですよねえ。必死で鍵を開けようとしているマルシアにしたら「もう、おまえ、黙っとけよお!」と思っているのではないか。

実に巧みな描写だなと感心するものの、この二人はそれほど物語に絡んでくることもなく、あっさり殺されるという。そこらへんがまた面白いんだけど。

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そして、23の人格が同居するデニスの演じ分けが見事だった。解離性同一障害らしい。人格が変化すると、体も変化する。視力や筋力まで変わってしまうという設定。これは女性であるパトリシアになったところ。

パトリシアになってご飯を出したとき、マルシアは椅子でパトリシアを殴って逃げ出す。そのときケイシーはなんにもしないんですね。人格によって筋力が変わるなら、女性であるパトリシアのときに二人で殴っていれば勝てたかもしれないんだけど。すぐに男の人格を呼び出すから、そうもいかないのかな。

なぜ、彼(彼ら?)が3人を誘拐したかといえば、犠牲を捧げることによって24番目の人格であるビーストを呼び出すためらしい。ビーストは残虐ですさまじい筋力を持つ人格らしい。

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これがビーストだ! 壁を上っています。もうねえ、実にシャマランらしいというか。笑ってしまった。この部屋の上に何があるでもなく、壁を上る理由もない。なんでそんなことやってんだか。いいですねえ、バカで。バカはいいぞお。

23の人格の元はケビンという人物で、幼少期に虐待を受けたことにより人格が分裂する。やがてケイシーも虐待を受けていたことが判明したため、ケビン(ビースト)はケイシーを自分と同類と認めて殺すのをやめる。ケイシーだけが助かり、ビーストは姿を消して物語は終わる。最後に唐突にブルース・ウィリスが出てくるんですよね。ダン(ブルース・ウィリス)がそこで口にする「ミスター・グラス」とは、シャマラン監督が以前に撮った「アンブレイカブル」に出てくる悪役。「スプリット」は「アンブレイカブル」と世界観を共有する作品だったのだ!

本当に驚いてしまった。置いてきぼり感がすごい。詳しく解説しているサイト(あいむあらいぶ様)を見てようやく「アンブレイカブル」との繋がりがわかった。「アンブレイカブル」といえば、印象に残ったのはサミュエル・L・ジャクソンの変な髪型だけだった。

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「アンブレイカブル」は2000年に公開されている。そんなに前の作品に繋げてくることがすごい。シャマラン監督のファンの方でも、これはちょっと厳しいんじゃないのかなあ。監督自身は作品に思い入れがあるのだろうけど、はっきり言って憶えてないですよ。熱心なファンに向けて、ちょっと目くばせするような遊びを入れるのはいい。でも、作品の重要な場面に入れてしまうのはどうなんだろう。唐突にブルース・ウィリスを出してわけのわからん終わり方にして観客の頭に?マークを出しまくって終わる。さすがシャマラン! 駄目だと思います。

マーベルのアヴェンジャーズには共有された世界観であるMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)がある。シャマラン監督もMCUのように、ヒーローが協力して戦うような構想シャマラティック・ユニバースがあるのだろうか。変な髪型の人とか、壁を上る人がたくさん出るのかなー。うーん、微妙! それはそれで観たいぞお。

文句ばかり書いてしまったものの、それでも撮り続けてほしい。ロッキーシリーズも「ロッキー5」で観客を絶望させたものの「ロッキー・ザ・ファイナル」で見事な復活を遂げた。5で終えてしまえば凡作扱いに終わったと思うが、5の失速があったからこそ、ファイナルはより強くロッキーを輝かせたように思うのだ。続けていれば光はあるかもしれない。ということはこの「スプリット」も、次回作の出来によってはまた違った評価を受ける可能性もある。この作品が布石になり、次の作品が輝くこともある。撮り続けてほしい。続けていれば何かが起きるのではないか。また珍作品が生み出されることもあるけど。それはそれでいいじゃないの。頼みますよ、監督!




◆駅のホームに花束を置く理由
あいむあらいぶ様の説明によると、ケビンの父親はミスター・グラスが起こした電車事故で死亡している。

すると、花束は父に手向けられたものということになる。父親が死亡して、ケビンはどこかに預けられたのかもしれない。そこで虐待が起こる。すべてのきっかけは電車事故であった。それゆえに残虐なビーストをこの電車から誕生させたのだろう。

うーん、つくづく観客を置いていくねえ。もう好きにしちゃってください。


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