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旧作映画の感想、ネタバレしてます。
30
2018

キャタピラー

2010年 / 日本 / 監督:若松孝二 / 戦争 / 87分
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軍神様のお帰りです。
【あらすじ】
夫が手足を失って復員した。



【感想】
「すべての戦争映画は反戦映画だ」という言葉を聞いたことがある。それもそうだと思っていたけど、この映画は戦争を描きつつも反戦映画ではないかもしれない。戦争よりも、逃れることのできない性への執着が印象的だった。いくつになっても、やりたいのかなあ。

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黒川久蔵(大西信満)は日中戦争の激化に伴い徴兵を受け、戦地へと赴いた。それから4年後、久蔵は顔に醜い火傷を負い、四肢を失い、言葉を話すことも聞くこともできない状態となって帰ってきた。新聞は久蔵を軍神と讃えたが、親戚たちや妻・シゲ子(寺島しのぶ)は久蔵の変わり果てた姿に困惑するのだった。

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いつも顔が怖い寺島しのぶさん。隠しきれない目力の強さというか。肝の据わりかたが伝わってくるのだろうか。密室で寺島しのぶと殺し合いになったら、必ず殺される自信がある。私などとは生き抜く意思が違うように思うのだ。わかりますか、生物としての生命力の差。

久蔵は手足は失っているが、食欲と性欲だけは有り余っている。農作業で疲れているシゲ子の都合などお構いなくシゲ子を求める。四肢を失い、性欲だけに支配されている久蔵がうごめき、シゲ子にのしかかる姿は得体のしれない気持ち悪さを感じさせた。寺島しのぶは景気よく脱ぐので偉い。

自分が四肢を失い、耳も聴こえず、声も失ったとき、どういうふうに感じるだろうか。自分が人に何かを与えることはできず、一方的に人から与えられるだけの存在になったとき、生きていけるのかな。自分の無価値さに堪えられないような気もするのだ。久蔵の立派なところは、そういった葛藤とは無縁なところ。だいたい、ご飯を食べているか、シゲ子を襲っているかのどっちかである。あんた、本当に考えないな。

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やがてシゲ子と久蔵の関係は逆転していく。シゲ子は久蔵をリアカーの後ろに無理やり乗せて、村を練り歩く。久蔵は、自分の姿を人前に晒すことを嫌がるがシゲ子に逆らえない。シゲ子の異様な復讐心が面白い。「軍神様」などと言われ、勲章をもらっても、おまえは何一つできない。惨めな姿になり、自分でトイレに行くこともできないおまえを村人はありがたがって拝んでいる。すべてが馬鹿げている。その滑稽さを喜ぶシゲ子もまた狂ってしまったのか。

若松監督はこの映画を撮ったとき70歳を超えていたんですよね。70歳を超えても、こういったエログロなものを撮り続けたということに面白さを感じる。人はどこまでいっても性についての興味はつきないものなのか。45歳ぐらいで「もういいや」ってならないのかなあ。一生、体の真ん中についている棒に呪縛されるのだろうか。どうもねえ、この体の真ん中にある棒が、人にとってよからぬことをしでかしているように思うのだ。これがなければ、みなもっと気楽に生きられるのではないか。走るのに邪魔だから取っちゃおうかと思うんだけど。

この映画は反戦映画ではないと思うと書いた。というのも、夫は戦争に行く前に、シゲ子に毎日、暴力を振るっていたのだ。そうなると、彼が戦地で強姦殺人をしたのも、戦争が彼を狂わせたというより、元からそういう人間だったということになる。戦争の影響ではなく、ひどい奴は戦争でもやっぱりひどい奴だったという話になってしまう。なんだか、ぶれるのだ。ちょっと中途半端に感じてしまった。

エンディングでは元ちとせが、広島の原爆で死んだ女の子の歌を歌う。反戦なのか、エログロなのか、はっきりしない。反戦エログロ映画なのかな。その割り切れなさというのも、狙いなのだろうか。異様な作品でした。

2018年8月21日 00:00~2018年9月3日 23:59の期間、GYAO!で配信。
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