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旧作映画の感想、ネタバレしてます。
25
2018

永い言い訳

2016年 / 日本 / 監督:西川美和 / ドラマ / 124分
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男は妻を愛していなかったのか、愛していたことに気づかなかったのか。
【あらすじ】
妻が死んだとき浮気をしていました。



【感想】
伴侶の死のときに浮気していたというのはユアン・マクレガーの「ブローン・アパート」という作品があります。ユアン・マクレガーは愛人役のほうだけども。あちらはあまり印象に残る作品ではなかった。

小説家の衣笠幸夫(本木雅弘、右)は、今はテレビタレントとして活躍していた。銀座で美容院を経営する妻、夏子(深津絵里、左)は、ある日、バス事故でこの世を去ってしまう。幸夫には夏子への愛情はなく、彼女の死を悼むことができなかった。幸夫は夏子が亡くなった時刻、愛人と情事に耽っていたのだ。ある日、幸夫は夏子の親友でバス事故で共に命を落としたゆきの夫、大宮陽一から連絡をもらう。彼は仕事と子育てに追われ、四苦八苦していた。幸夫はほんの気まぐれから、陽一の子供の面倒をみる手伝いを買って出る。陽一や子供たちとの触れ合いは、幸夫を大きく変えていく。

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観終わった後、これでいいのだろうかと唸ってしまうような作品。ああでもない、こうでもないと考えてしまう作品は良い作品の特徴だと思います。本木雅弘さんが演じた衣笠幸夫(プロ野球選手の鉄人・衣笠幸雄をもじっている)が、自分にも少なからずある嫌な部分、弱い部分を見事に映し出しており、身につまされる部分がある。とても良かったです。

美容師の妻、夏子が夫、幸夫の髪を切る場面から映画は始まる。このとき、ずーっと幸夫はピーチクパーチク不満を言い続けてるんですよ。夏子は幸夫をなだめ続けるが、あまりに愚痴るので「うるせー、バカ!」ってなりますよ。

幸夫の不満は、今の自分に納得がいってないことからきている。小説家として成功しつつも、もうたいした作品は書けていない。テレビのクイズ番組に出てお茶の間の知名度はあるが、そんなことは本当に自分が望んだことではない。わかっていても、どうにもできないことに苛立っている。

私の友人も「俺なんて本当に駄目だよ」と言い続けることがある。それはもう「そんなことないよ」の恐喝なんですよ。そのいやらしさは卑怯だと思う。私はそのカツアゲが始まると、絶対に「そんなことないよ」を言わない。帰宅した後に、人は弱いものだからそれぐらい言ってやったっていいじゃないかと、自分の心の狭さに落ち込んだりもする。だから、あいつと会いたくないんだよ。話が逸れたわ。

夏子は優しいんですよ。グチグチ言う幸夫をなんとかなだめ、励まそうとするのだ。「そんなことないよ」を言ってあげる人なんですね。テレビタレントとしての姿を幸夫自身が満足していたら、べつにかまわないのだ。それを妻に当たる姿が情けなくて、私は開始5分でモッくんが嫌いになった。

夏子は事故によって退場。深津絵里さんのファンなので残念だけど仕方ない。事故の日、夏子は友人のゆきと旅行に行っていた。ゆきも命を落とすが、その夫である陽一(竹原ピストル、左)から連絡があり、幸夫は陽一と会う。陽一を演じた竹原さん、無骨で優しい父親っぷりが本当に良かったですねえ。あと、急にちょっと怖く見えるときも。抑えられないヤンキーっぽさよ。

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トラック運転手である陽一は必死で二人の子供を育てていた。そのつらさを目にした幸夫は、週に二日だけ子供の面倒をみることを提案する。このときの幸夫の動機、心の動きがよくわからない。子供を好きなタイプには見えなかったし、陽一は無教養で幸夫が友人にするタイプにも見えない。子供たちが賢くて意外とかわいかったからだろうか、それとも小説のネタにできると思ったのだろうか。「なんとなく、ふとそう思った」ぐらいが正解なのかなあ。自分の心がよくわからず、そういう気まぐれを起こすことだってあるだろう。

思い返してみれば、そういう厄介さを引き受けること、自分への罰を与えることが妻への贖罪だったのではないかとも考えられる。

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二人の子供たちがまあ本当にかわいかったですねえ。お兄ちゃんのほうは優秀で中学受験を考えている。キャパオーバーでヒステリー起こしたりもしますけど。子供が苦手かと思った幸夫が意外にもすんなりと馴染み、二人の親代わりになっていく。楽しそうな家族だなと思いましたよ。

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幸夫をクズと罵ることは容易いものの、自分にも幸夫のような部分はある。私はむしろ「いい人だな」と思いました。誠実だからこそ悩み続けることがある。

彼は妻の事故のとき、愛人とセックスをしていた。本当に彼がクズなら、「ああ、せいせいした。これで愛人と思う存分楽しめる」と考えるのではないか。でも、彼は自分が妻の死を悲しめないことにずっと心の底で悩み続けるんですね。葬儀で悲しみに沈む遺族を演じたり、自分への同情意見をネットで検索したり、事故の追悼番組にも出演してみせるというクズさも持っている。でも、どこか憎めないし、その弱さに共感する部分もある。

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幸夫は、妻の遺品の携帯電話のメールに悩み続ける。下書きに保存され送信されなかったメッセージ。頭に来ることがあったとき「あいつなんて死んだ方がいい」と冗談で口にすることはあるが、そんなことは本気で望んでいない。それと同じように、妻は頭に来たとき、メールで幸夫への思いを書くことでストレス解消していたと考えることもできる。本当のところは本人にしかわからないのだ。

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子供たちとの触れ合いによって幸夫は少しだけマシな人間になっていく。だが、妻(深津絵里)の視点で見ると、どうしようもない夫のまま死んでしまったわけで、妻の報われなさが少し切なくもある。

幸夫が本当にねえ、どうしようもないことばっかり(「自分のようなクズ人間の遺伝子を残すことが怖い」とか)言っている。聞いている方が恥ずかしくなる中学生男子のような脆弱さ。じゃあ、自分にそういう部分がないかといえばこれはねえ、ちょっと否定できないところもある。

完成した人間が親になるのではなく、子供の親になることで少しでもマシな人間になっていく。だから、誰でも親になってもいいし、なるしかないのかなと思わされる。

最後までよくわからなかったのは、幸夫は妻を愛していたのかということ。愛していたけれど、それと気づかないという状態は本当に愛していると言えるのだろうか。きっと二人は夫婦になったときは愛情があったのだろう。いつの間にか幸夫は妻に関心を失っていた。彼女が死んだとき、旅行に行ったことすら知らず、妻の友人が誰かすら知らなかった。

彼は最終的に「人生は他者だ」という結論にたどり着く。だが、彼にとって「人生は自者」だったのだ。若いときには特に、人は誰でも「人生は自者」なのだと思う。他者との繋がりこそが幸福という価値観は私の中でも歳をとるにつれて大きくなってきた。それでも、まだ「人生は自者」という思いを強く持っている。「人生は他者」でいいのかもしれないが、一方で自者も強固に持っていなければならない。他者ばかりになってしまえば、その他者を失ったとき、人生が崩壊すると考えているからで、他者なくしても成り立つのが本当の人生だと思うところもあるのだ。これは私の未熟さからきているもので、今後変わっていくのかもしれないけれど。幸夫はひどい人間だったけれど、どこか愛おしさを感じる人だった。お薦めです。


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