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旧作映画の感想、ネタバレしてます。
06
2019

ノクターナル・アニマルズ

NOCTURNAL ANIMALS / 2016年 /アメリカ / 監督:トム・フォード / サスペンス / 116分
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男の目的は愛か、復讐か。
【あらすじ】
別れた元夫から小説が送られてきた。



【感想】
ファッションデザイナーでありながら映画も撮ってしまうトム・フォード監督。太った裸婦たちが踊るインパクト抜群の冒頭から、ググっと引き付けられます。それがいいのか悪いのか、よくわからんけども。よくわからん映画なのです。

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アートギャラリー経営者のスーザン(エイミー・アダムス)は成功を収め、裕福な暮らしをしている。しかし、心は満たされていない。ある日、離婚した元夫エドワード(ジェイク・ギレンホール)から「NOCTURNAL ANIMALS」(夜行性の獣)という小説が送られてくる。残酷で衝撃的な内容ながら、その小説には才能が溢れていた。

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スーザンは成功者であるものの、自分を突き放して見つめている。太った裸婦の美術展の成功を周囲から祝福されても、そんなものはジャンクでありゴミであるという。精神分析で有名なジグムント・フロイトの孫ルシアン・フロイドの作品に太った裸婦像というよく似た作品がある。この作品は36億円で落札されている(AFP BBNEWS)。これが基になっているのかなあ。

スーザンはアートギャラリーの経営者としての手腕が評価されながら、ちっとも喜んでおらず、そんな自分をもてはやす周囲を憎んでいるようにすら見えるのだ。アートとその評価に対する揶揄とも受け取れる。もう冒頭からして、ちょっと屈折を感じる。

彼女は元夫エドワードの小説家としての才能を信じることができず、見切りをつけて離婚している。

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エドワードの小説というのが、またなんだかよくわからないもの。夫、妻、娘の3人が夜に車を走らせていると、3人のならず者に絡まれ、妻と娘はレイプされたうえに殺されるという救いがないもの。エドワード自身も銃の誤射により命を落とす。

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このならず者たち(夜行性の獣)がスーザンを現わしているようにも思える。夜行性のスーザンはエドワードから結婚中にそう呼ばれていた。そして彼女は、才能がない(と当時、見切った)エドワードを切り捨て、彼の子を密かに中絶し、新しい男に乗り換えるという残酷な仕打ちをしている。スーザンの行為が、小説中のならず者たちの行為、エドワード、妻、娘への殺人や暴力にあたり、「おまえはそれほどひどい事をしたのだ」とスーザンを責め立てているかに思える。

作中の夫はエドワードの分身だとして、殺された妻もスーザンの分身に思える。彼女は被害者であり、加害者(ならず者たち)に見える。妻のことを、ならず者たちが「気位の高い女」と揶揄しており、スーザンを現わしているように思えるのだ。殺された娘は、中絶した子なのだろうか。この小説はエドワードのスーザンに対する恨み節なのだろうか。

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しかし、スーザンについて、才能がない夫を切り捨てた冷酷な女とするのも、ちょっと違うように思う。だってエドワードが小説を送ってきたのは離婚後20年も経っている。これ、しょうがなくない? そりゃ、切りたくもなるのではないか。

たしかにスーザンはひどい捨て方をしたが、エドワードは20年経ってから小説を送り付け「ほら、おまえがやったことはこんなことだぞ」とやる執拗さ。こわー! そりゃ、捨てられるよ。むしろ捨てて正解、と思う。

ですが、この作品はエドワードの恨み節ともちょっと違うのかな。小説は、失恋した二人に起こった内面を描いている。エドワードがスーザンに憎しみだけを抱いていたかといえば、そうとも思えない。彼はならず者たちがしたこと(スーザンの行為)よりも、自分が何もしなかったことを後悔しているからだ。彼がきちんとした行動をとっていれば、家族は無事に目的地にたどり着けた(エドワードたちは幸せな家庭を築くことができた)のではとも思える。

彼は今更、スーザンを責めてもいないし憎んでもいないのでは。ただ、書かずにいられなかったのかもしれない。

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ところがですね、スーザンはエドワードに小説家としての才能があると見るや「ちょっと会わない?」と、セクシーな服を身に着けてレストランへ赴くという。うーん、そういうところが‥‥。

だが、エドワードはレストランに現れず、スーザンは待ちぼうけを食わされる。これはエドワードのささやかな復讐なのだろうか。それとも彼は来たくても来れなかったのか。

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劇中小説の中にマイケル・シャノンが演じた保安官が出てくる。彼は不治の病にかかっており命も残りわずかなんですね。そこで彼は法的な手続きを無視し、ならず者たちを処刑しようとする。この保安官がエドワード自身であるとすれば、彼はもう生きてはいないのではないか。だから、レストランに現れなかったという解釈もできる。ま、約束をすっぽかして「ざまあ!」ということかもしれませんが。

幾通りにも意味がとれる不思議な話でした。あと、エドワードは間違いなく面倒くさい男。


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