29
2013

映画「セックス依存症の私」

セックス依存症の私
Dario de una ninfómana / 2008年 / スペイン / 監督:クリスティアン・モリーナ / ドラマ


セックス依存症とは病気なのか?
【あらすじ】
キャリアウーマンとしてバリバリと働いている魅力的な女性ヴァル(ベレン・ファブラ)。彼女の悩みはセックスをせずにはいられないこと。ああ、セックスがしたい!



【感想】


角度によっては、ちょっとニコール・キッドマンにも似ているベレン・ファブラ。セックス依存症というが、これが本当に病気なのか、実のところよくわからなかった。

彼女は探究心が強く、セックスが大好き。だが、恋人には「セックスのことしか考えてないのか!」と嫌われてしまう。彼女の理解者だったおばあちゃんは「セックス依存症というのは男が作り出した概念。自由に生きなさい」と言ってくれる。しかし、大好きだったおばあちゃんも亡くなってしまう。



不況で仕事も辞めざるをえなくなり、まいっていたとき、会社社長のハイメ(レオナルド・スバラグリア)と出会い愛人となる。

この人がねえ、優しいのは最初だけで、問題がある人なのだ。ヴァルが残業していると「うちの嫁を残業させるな!」と再就職先に怒鳴り込んでくるわ、彼女の友だちに暴力を振るうわでどうしようもない。セックス依存症より、この人をどうにかしてほしい。麻薬もやっておるよ。



結局、そんなDV男ハイメさんとも別れ、娼館に勤めることになった主人公。これぞ、わたしの天職! と喜んでいたものの、それでも何か満たされない。

この物語は、愛情不足に悩む女性がやがて本当の愛を見つける話なのかと思っていました。そうではなくて、自己肯定の物語なのだと思う。「わたしはセックスが大好きで、これで本当にいいのだろうか?」と思い悩んでしまえば、それは病気として扱われる。でも「セックスが大好き。毎日楽しくてたまらない」心の底からそう思えば、それは病気ではないように思う。病気とはなんなのだろう。

主人公のおばあちゃんが「セックス依存症というのは男が作り出した概念」と言っているが、確かにこういった男からの社会的抑圧という側面もあるかもしれない。女に「貞淑」というものを求めても、男に求めることは少ないように思うのだ。男には「貞淑」に当たる言葉はあるのだろうか。だとすれば主人公はそもそも悩むようなこともなく、そこに存在するのは、ただの「セックスが好きすぎる人」である。電話番号教えてもらえませんか。

もし、無理や強がりではなく、自然に自己を肯定できるのであれば心の病気というのは減るのかもしれない。「セックス依存症のわたし」というタイトルから、卑猥な映像が観られると下品な喜びを抱いた不届き者がいるかもしれません。下品な喜びを抱いた不届き者がいるかもしれません。この映画は、そういったふしだらな映画ではなく、セックス依存症との向き合い方の一例を示すきちんとした映画でした。ち、ちくしょお!



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