04
2013

映画「ミッドナイト・イン・パリ」

ミッドナイト・イン・パリ
Midnight in Paris / 2011年 / アメリカ / 監督:ウディ・アレン / コメディ、ファンタジー 


パリがくれた贈り物。
【あらすじ】
脚本家のギル(オーウェン・ウィルソン)は、婚約者のイネス(レイチェル・マクアダムス)とパリを訪れるが、価値観の違いが多いことに気づかされる。ある晩、一人で外出したギルは1920年代のパリに迷い込む。そこには彼が憧れるフィッツジェラルド、ヘミングウェイ、ピカソなどの名だたる小説家、芸術家たちがいた。

【感想】
コメディは、その国の言語や文化がわかっていないと、きちんと理解できないのかもしれない。監督、脚本はウディ・アレンです。なんだかウディ・アレンのものがわからないというと、ちょっとダメな人のような気がする。わたし、ダメだったかー。いつかわかる日が訪れるのでしょうか。

売れっ子脚本家ではあるものの小説家になりたいギル(左)と、小説家になんてならなくていいから脚本で稼いでほしいと考えるイネス(右)。この二人の価値観の違いは、男女間にはよくあることだと思う。一方的にイネスが悪く描かれているようにも見えるけど、どっちもどっちな感じが。

価値観の違いから言い争ったりする様子は、観ていてあまり好ましくない。変にエネルギーを吸い取られる感じがする。Yahoo!知恵袋や発言小町で、どうしようもない人生相談を読んだときと同じ疲労感というか。あの時間を損した気分がたまらない。何言ってるかわかりませんか。そうですか。でも、どうしようもない質問を読むのが好きなんだよ!病気かしら。

印象的だったのが雨のパリを歩くかどうかで揉める場面。ギルは、風流だし濡れて行こうという考え。イネスは、濡れるのなんて嫌なのだ。この二人がねえ、まったく歩み寄らないというか、前世は源氏と平家というぐらい、なんでも対立する。なんで一緒にいるの?

両方とも自分の正当性を疑わないし、相手を折伏しようとする。どうも苦手だと思うのは、わたしの中にこういった部分があるからかもしれない。それを指摘されているから、観ていて居心地の悪さを感じるのだろうか。もっと成熟した人間なら「あるある」と軽くうなづいて、ちょっと苦笑いを浮かべるくらいで済ますかもしれない。わたしは「ウディのヤロウ、痛い所を突きおって!」となっている。それは結局、良い作品てことなのかな。

で、主人公のギルが婚約者イネスとうまくいかなくて、なんとなく夜中のパリを散歩する。そこで1920年代のパリに飛ばされてしまう。ここに出てくる文人、芸術家が面白かった。特にヘミングウェイが良かったなあ。

主人公が処女作を見てほしいと頼むと、読んでもいないのに「君の小説はわたしを不快にする」と言う。理由を訊けば「上手ければ嫉妬するし、下手な文章ならば不快になる。どちらにしても不快になるんだ」と答える。ヘミングウェイは、もうちょっと出番が多ければ良かったのに。

ギルという主人公はウディ・アレンを投影しているのだろう。ウディ・アレンの1920年代への憧れが出ている。でも、それはたんなる憧れや懐古主義には終わっていない。人はいつも過去の時代に憧れる。ただ、過去の時代の人間は、さらに過去に憧れている。未来の人から見ると、今が黄金時代となる可能性だってある。だから今を生きるんだよという、あれー、ウディのやつ、かなりいいことを言っているような。夜のパリのシーンはとても良かったですね。


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