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2014

映画「マシンガン・プリーチャー」

マシンガン・プリーチャー
Machine Gun Preacher / 2011年 / 監督:マーク・フォースター / 実在の人物を元にした映画

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正しいわたしと間違っているあなた。
【あらすじ】
昔は悪かったけど、キリスト教に入って更生したので南アフリカで戦います。


【感想】
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元麻薬密売人で牧師のサム・チルダース(ジェラルド・バトラー、右)。昔は悪かったんですけど、刑務所から出てきたら、奥さん(左)がキリスト教に入信している。最初、サムは怒り狂って「なんで工場で真面目に働いてんだ!ストリッパーやってチップで稼げ!」とか、これぞ人間のクズという発言をしていたのですが、なんやかんやで教会に連れて行かれて自分も入信しちゃいます。素直である。

この人、ちょっと素直すぎる気もするんですよね。神の存在を確信するエピソードが良い。強盗に襲われて、その相手をナイフでめった刺しにしてしまう。人を殺したと落ち込んでいたら、強盗は病院に運ばれて死んでなかった。そこで「神様、ありがとう!」となる。

悪い奴から逃げているとき、カバンを探ると、入れたはずの銃がない。代わりに聖書が出てきた。母親が銃と入れ替えておいたんですね。それで仕方なく隠れていたら、悪い奴らはなぜかサムに気づかずに通り過ぎて行った。もし撃ち合っていたら‥‥、これぞ神のご加護です!と感激。

でも、このサムの単純さがあったからこそ、更生して真面目に働けたようにも思うのです。これを単に運が良かったとか、偶然だと解釈しないのがサムのすごいところであり、頭のおかしいところでもある。サムの行動力はすごい。一度信仰に目覚めたら、もう止められない。教会や児童福祉施設を建ててしまう。教会に説教に来た牧師の影響でアフリカのスーダンでボランティアを始める。今度は、スーダンの現状を嘆き、スーダンに孤児院を建てることにする。

ここまでなら、宗教によって荒くれ者が更生した聖人の物語と読むこともできる。ただ、ここからサムに異様さが出始める。
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サムの献身はすさまじく、スーダンの子供たちのために銃を手にすることもためらわない。家族はほったらかしだし、周囲に活動のための寄付を強要し始める。スーダンの子供たちは困窮しているのに、なぜおまえたちは犠牲を払わないのだと正義をふりかざす。サムは経営していた会社も売り払ってしまう。善行に憑りつかれた狂信者のようで恐ろしかった。
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サムは自分の信ずる正義しか認めない。自分が正しいから、あなたは間違っていると考える。他人の正義も、自分の正義同様に守られるべきだとは思っていない。

ただ、サムの活動が全部間違っているかというとそうではないと思う。サムによって命を救われた人間も多いのだろう。相手が銃を持って襲ってきているのに、話し合いも何もないという状況は存在する。でも、サムは極論すぎてちょっと怖いというのも本当だ。サムを聖人としても、ある種の狂人としても描いているのがいいですね。

あと信仰について少し気になった。サムもそうだが、急に信仰に目覚める人というのは神を都合良く捉えている印象がぬぐえない。自分を救ってくれる存在しか認めないというか。救ってくれようがくれまいが信仰を貫くわけではない。見返りを求める信仰は、真の信仰なのだろうか。ただ、真の信仰とかそんなことはどうでもよくて、サムのように更生できたのだから、それはそれで正しいのかもしれないが。

この映画はスカッとするとか、腑に落ちるというのはないんですね。救いようのないスーダンの現状と、その問題に対して自分なりの解決法を見つけようとしたサムという人間を描いている。サムの取った方法がそもそも正しいのかはよくわからない。簡単に正しいとか間違っているとか、すっきり分類できる話でもない。結局は「あなたはあなたの、わたしはわたしの正しいと思う方法で」ということになるのだろう。

だが、サムに対してやはり何か後ろめたい思いを感じもする。サムの方法はともかくとして、とにかく行動している者の強さを感じるのだ。安全な場所で贅沢なホームパーティーを開きながら150ドルしか寄付しない男、あの姿に自分が被るからなのだろう。

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