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2015

映画「めがね」

めがね
2007年 / 日本 / 監督:荻上直子 / ドラマ、コメディ

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たそがれるにもコツがある。
【あらすじ】
生活に疲れたので南の島へやってきた。


【感想】
荻上直子監督の映画は、登場人物が飄々としていて、時間がゆったりと流れている。うっかりすると寝るし、寝てもいいんだと思う。自然は美しく、食べ物は美味しそうで、服装や小物はシンプル。無印良品やIKEAが好きな人は好きかも。喜怒哀楽は控え目で、奇想天外なトリックはなく、いつの間にか始まっていつの間にか終わるような。すごく素朴に見えるが、徹底した素朴さはそれ自体が強烈な個性になる。映画を観始めてすぐに荻上監督の作品だと気付いた。

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そんで小林聡美が出演。もたいまさこも、やはりいた。コンビのように出てきますね。

タエコ(小林聡美)は、観光をしようとするが宿の主人ユージ(光石研)に「ここは観光する場所はない。たそがれるだけです」と言われてしまう。な、なに? たそれがれって。南の島では人々はいつもたそがれている。

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たそがれる人々。目的あることをすると、目玉をくり抜かれます。

旅を二種類に分けると、一つは観光、食事、買い物などを楽しむ目的のある旅、もう一つはこの映画のように何もせずにたそれがれる旅。たそがれるのは難しい。わたしのような貧乏性は、つい時間を無駄にしている気分になってしまう。忙しい日常からのんびりした島に来ても、刺激がなくて一日で飽きてしまうかもしれない。

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ここではきちんと生きることが要求される。監督の考える正しい生活なのだろう。みんな揃って美味しい食事をして、朝もきちんと起きる(なぜか起きると部屋に、もたいまさこが座っている)、体操をする、お金を無用にとらない。ここは天国なのだろうか。あくせくせず、誰も傷つけず傷つけられず、お金の心配もない。

でも、本当にここが天国ならばこんなに人口が少ないはずはない。みな、便利さや働き口、やりたいことを求めて島を後にしている。理想の場所などというのは本当はない。市川実日子演じる学校の先生がしばしば「死にたい」と口走るのも、旅行者から見れば天国に見える場所も、そこを日常とする人間にとっては地獄なのだろう。地獄というのは言い過ぎだけど、実際に暮らしてみると田舎でも都会でもいろいろある。

タエコは島に来た当初、日常の忙しいルールを島に持ち込もうとして失敗する。たそがれの強要にためらう。やがて流されるように、嫌いと信じ込んでいたかき氷を食べ、朝は起きて体操に参加するようになる。場所を変えたり、職を変えたりすると新しい考え方に気づく。タエコは、島から帰るときにメガネを落としてしまう。でも、拾いに戻らない。ここがとても印象的だった。

メガネには物を見るという目的がある。メガネを落としても気にしないというのは、目的を持たない、たそがれるということができた証なのかもしれない。矯正された視力(世間の価値観)だけではなく、裸眼(自分の価値観)で世界を見るという意味もあるのかな。とはいえ、日常生活ではやはりメガネなしでは生活できない。再び休暇をとって島を訪れたタエコは、黒ではなく鮮やかな赤いメガネをしている。ちょっと違う考え方を手に入れて、世間と折り合いをつけつつ自分の色も失くさない方法を見つけたように感じた。

旅はいつか終わる。どこか遠くへ行かなくても、たそがれることはできるかもしれない。ここではない理想の場所を求めるのもいいけど、自分のいる場所をここではないどこかへ変える努力も必要なのだろう。などと書けば、わたしがさぞたそがれて、すてきな生活を送っていると思うかもしれませんが地獄である。日常は常に地獄なのだ。地獄で一服。そのようなところを目指していきたい。

こういうはっきりとした筋のない映画は男に人気がないように思う。男はたそがれるのが下手なのだろうか。何もしたくない方は是非。

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