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2015

映画「他人の顔」

他人の顔
1966年 / 日本 / 監督:勅使河原宏 / サスペンス、SF

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主人公が面倒くさくて大変!
【あらすじ】
液体空気の爆発により顔一面に大やけどを負った男。顔面を喪失し、妻に拒まれた男は仮面を作る。



【感想】
安部公房の小説「他人の顔」を原作とし、本人が脚本も担当しています。原作は未読です。主演の仲代達矢をはじめ、京マチ子、平幹二朗、岸田今日子、市原悦子、田中邦衛、前田美波里、井川比佐志など、まさしく錚々たる面々が出演している。

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仕事中の事故で顔面に大やけどを負った主人公(仲代達矢)。包帯巻き巻きで登場、スケキヨかと思った。主人公はかなりねちっこい性格である。これ、やけどの影響もあるんだけど、元からこんな人なのではないか。弱者を武器に人をいたぶる。

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自分の顔面のケガについて「俺は化物だ!」などと嘆いてみせる。妻(京マチ子、左)は「顔のケガなんて大したことじゃない」と慰める。すると「君は大したことないと言うけど、なら君の顔を焼いても問題ないわけだね?」と、妻を追い込む。困惑する妻を見ると「フフフ、いいんだ。君にだって立場はあるから、そう言わないわけにはいかないものね」と喜ぶ。時折、みょうに丁寧な言葉遣いになるのもいやらしさを引き立たせる。

会話がその先にどう展開するか読めていて、あえて人を困らせる。自分のケガで人が居心地の悪さや引け目を感じていると、そこを見逃さずに追い詰めていく。うわー、もう、かなり面倒くさい人だよ。ビンタしたい。

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勤務先の秘書に対しても同じ。秘書の美しい顔が、余計に彼の嗜虐心を昂らせるのではないか。視線を逸らす秘書ちゃんをねちねちといじめるのです。社長に対しても同じである。社長は中年のおっさんなので省略します。もっと秘書ちゃんを映せ。

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主人公は、妻を抱こうとするものの拒まれてしまう。なにせスケキヨ状態なので仕方ないと思うのですが、絶望する主人公。

主人公は担当医(平幹二朗)の勧めに従い、マスクを作ることになる。担当医は、違う顔が主人公の性格にどのような影響を及ぼすか興味を持っている。実験台である。主人公も困った人だが、担当医もかなりアレな人である。病院のデザインからしてちょっといっちゃっている。そこかしこに内蔵が展示してあったり。大丈夫ですか、この病院。

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落ち着かない!

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壁には耳がいっぱいあるし。なんだここー! 余計に病気が悪くなる病院。この不気味さに惹きつけられる。

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しかし、腕は確かなので主人公は新しい顔を手に入れることに成功する。人の顔と見分けがつかないほど精巧に作られたマスクをかぶり、「僕は妻と姦通したいのです!」などと熱く語る主人公であった。え‥‥、せっかく新しい顔を手に入れて、やることそれ? と思わないでもない。姦通とは不倫ですね。もう死語ですねえ、姦通も。「僕は妻と姦通したいのです!」はどこかで使ってみたいですね。是非皆さんもお試しください。

主人公が望んだのは妻の愛なのだろうか。マスクをかぶり、他人のフリをして妻を誘惑し、拒まれることによって自分への愛を確認したいという。だが、そんな月並みなものよりももっと歪んだ感情、「顔」そのものへの復讐を感じる。

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妻は、やけどをした自分の顔を拒んだ。しかし、偽の顔をかぶり妻を抱くことで、顔そのものの価値を否定する。顔というのは骨にへばりついた厚さ四ミリの皮膚にすぎない。それはいくらでも捏造可能で、大したものではない。人はこんなにも簡単に上辺に騙されるのだと思い込みたい。しかし、是が非でも顔の価値を否定しようという行為が、逆説的に顔の価値を肯定することにも見える。

人は外見ではない、とはいえ、外見もやはりその人である。顔と心は不可分で分離することはできない。では、愛する人間の顔が損なわれ、その顔が嫌いなものに変貌したとき、その人を嫌いになっても仕方ないのだろうか。妻が悩んでいるのは、まさにその部分である。事故により顔が失われたのだから夫に非はない。だが苦しみの中にいる夫を受け入れることもできない。また、自分は「人を見かけで判断するようなひどい人間ではない」という良識が妻をより苦しめているように見える。

妻は夫の変貌を愛ではなく情で包もうとする。妻がマスク姿の夫に抱かれるのは、この情のためではないか。だが、夫は愛から情への変貌を許すことはできない。それは彼に失われたものの大きさを否応なく見せつけるのだ。顔は世間との通路を開通し、顔によって人は世間ではじめて存在し得る。顔によって個性は作られ、顔と心の分離など絵空事に過ぎず、顔がその人である。

しかし、市原悦子演じる知的障害を持つ少女は、主人公がマスクをかぶっていてもかぶっていなくても同一人物だと見抜く。これはどういうことだろう。表層とは別に、人は変わり得ぬ本質を持っているということを示すのだろうか。

この作品は難しくて、作者の意図はとても汲みきれませんでした。アマゾンのレビューも読んだものの難解でした。安部公房というと、かなり難しい本を読んでいる人が読む印象が強い。もっとも驚いたのは、レビューした人の名前が「信長のパチスロが出た」だったこと。映画より驚いた。レビューはちゃんとしてます。

モダンな東京の雰囲気も面白い。街中でコンタクトレンズの看板が出てくる。公開時の1966年にもうコンタクトが売ってたんですね。メニコンのサイトを見ると、1958年に透明カラーレンズを発売とある。新橋のビアホールの様子や、ジョッキの形が違うのも時代を感じさせます。武満徹作曲で前田美波里が歌うテーマもすばらしい。難解な作品ですが、不気味さあり、おかしみもあり、楽しめました。
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2 Comments

R  

No title

お、面白そうな映画ですね!

ATGでしょうか。実験的な映画は好きです。初めて知りました。

俳優さん達も豪華だし、音楽は武満徹さんだなんて。

今度探してみます。

2015/06/12 (Fri) 21:49 | EDIT | REPLY |   

しゅん  

No title

そうなんです。ATGなんです!

なんだ、ATGって。
Rさんだけずるい!
僕もATGって言いたい!ということで検索しました。
なるほどー、映画会社でしたか。

安部公房原作ですと「砂の女」も評判がいいですね。
今度観てみようかと思います。

2015/06/13 (Sat) 10:15 | EDIT | REPLY |   

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