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2015

映画「そして父になる」

そして父になる
2013年 / 日本 / 監督:是枝裕和 / ドラマ

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家族とは、血か、ともに過ごした時間か。
【あらすじ】
6年間育ててきた息子は、病院で取り違えられた赤の他人の息子だった。



【感想】
大手建設会社に勤め、都心の高級マンションで妻みどり(尾野真千子、右)、息子慶多(二宮慶多)と暮らす野々宮良多(福山雅治、左)。息子は私立幼稚園にも合格し、まさしく順風満帆の人生を送っていた。

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一方、群馬で小さな電気屋を経営する斎木雄大(リリー・フランキー、左)。妻ゆかり(真木よう子、右)との間には長男琉晴(黄升炫)を含めて三人の子供がいる。貧しいながらも楽しい我が家という雰囲気。リリーさんの左腕にタトゥーが! 昔ちょっと悪かった感じなのかな。リリーさん、悪い感じは出てないのだけど、金にせこい感じは出ていてとても良かったですね。なにかというと、病院の金で飲み食いするという。

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上流(野々宮家)と下流(斎木家)の対比という要素も入っていると思いますが、下流っていってもまったく不幸じゃないんですよね。これどう考えても下流のほうが楽しそうだし。リリーさんが暴力振るって、真木よう子さんが家を飛び出すとかだと良かったのに。何を観たいのか。真木さんも、ヤンママ感があまりなくて、きれいで品が良すぎる気がした。

ヤンママといえば、キング・オブ・ヤンママのエヴァ・メンデス(右)なんていいですね。エヴァ・メンデスの顔面からほとばしる圧倒的ヤンママ薄幸感はすばらしい。だいたいどの映画でも適度に不幸だよ。

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ヒョウ柄が良く似合って、髪は染める期間がだいぶ開いてしまって黒と茶が混じっていて傷んでいる、そんで生活に疲れた感じ。これだよ、この感じじゃんかあ! エヴァ・メンデスの話はどうでもいいか。とにかく真木よう子はきれい過ぎる。

そんな二組の家族が、病院から取り違えを知らされる。子供を交換するか悩むものの、お互いの家庭に子供を宿泊させて様子を見ることに。子供たちの演技がとてもいいですね。事前に脚本を渡さず、その場で演技指導をしたそうですがすばらしいです。演技というか、本当にその場で遊んでいる感じがする。

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ちょっと驚いたのが、今のお父さんてとても育児に協力的なんですね。風呂に入るのはもちろん、よく遊んであげる。仕事命という良多ですら、子供と銃の撃ち合いをしたり。わたしが父親にそんなことをやったら無視されただろう。わたしの子供の頃は、父親は本当に子供に関わらなかった。これは世代的なものだと思っていたのだけど。みんなそんなに父親に遊んでもらっていたのだろうか。

子供は小学校低学年で自分の世界を持ってしまい、平日も土日も友達と遊んでいる。父親は、土日に家にいる怖い人みたいな感じだった。父と子の距離感が変わってきたのだろう。あれ、わたし、これ、かわいそうな家庭とかそういう? アホか! ものすごく幸福だわ! なにせご飯を食べさせてもらった。暴力を振るわれなかった。それで十分でないの。ち、違うの? 大丈夫だよね?

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両親揃って慶多の誕生日を祝う。ハッピーバースデイを歌って蝋燭を吹き消す。こういうのもなかったなあ。違う国の話のようだ。

良多が子供たちを見つめている目が印象的だった。だが、子供を見守る目とは違うんですよね。今まで完璧な人生を歩んできた自分、自分が選んだ妻も合格点、住まいは高級マンション、乗ってる車はなんか高そうなやつ、その自分の子供だから優秀でないはずはない。おまえは優秀なんだよな? という「評価」の目である。企業の人事考課みたいな目で人を見なくていい関係が親子、夫婦、友人のはずである。

自分にどれだけ似ているかが、良多が考える最高の評価なのだ。だから良多は、一緒に6年間暮らした慶多と、血が繋がっている琉晴を交換してしまう。自分以外の存在を、自分を飾るアクセサリーのように考えているのかもしれない。子供に取り違えを説明しないし、なぜ交換するかも教えない。肝心の子供に、どちらと暮らしたいかと訊くこともない。結局は自分中心で、自分と暮らすのにふさわしい子供はどっちだとしか考えていない。

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「電気屋」と蔑んでいる斎木が慶多と仲良くやっているのに、自分は琉晴とうまくいかない。有能な自分が無能なあいつに劣るなんて、それも良多を苛立たせたのだろう。

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良多は「子供のためには」とよく口にしていたが、本当に子供のことを考えたことはなかった。考えていると思っていただけである。それが、慶多が撮った写真を見て、自分がないがしろにしていた子供の気持ちに初めて気づく。あの場面はとても良かったですね。当初、脚本から削除されたのを、リリーさんと真木さんが監督に提案して復活することになったみたいで。

監督が福山さんに意見を訊くと、福山さんは「撮影はしてみて、使うかどうかは監督が決めてください」と言ったという。大人~! もう、かっこいいんだから~! あの場面はこの映画でもっともすばらしい場面だと思います。

この映画はとてもいい映画だと思いますが、やはり自分の親子関係とどうしても比べてしまうんですね。それと周囲の親子とか。子供側から見ると、両親がいない子がいたり、離婚した子がいたり、ここに出てくる子供はやはり幸せに見える。親側から見ても、子供ができないことで悩んでいたり、子供をどうしても愛せなくて苦しんでいる人もいる。そもそも結婚すらしてない人もいる。わたしの悪口はそこまでだ。

そう考えると、この状況がそんなに大変には見えないんですよね。そこまで苦しむことかなと思う。よく見てみ、子供が二人できたようなものじゃんかという。最後、二つの家族が一緒になって斎木家に入っていく。あそこは良かったですね。これからは、お互いの家を行き来して、育ての親と生みの親、両方に見守られて育つ子供たちが見えるような気がしました。是枝監督の他の作品も観たくなりました。




この映画の参考文献として取り上げられていた「ねじれた絆」。実際に起きた取り違え事件を17年間取材したものだそうです。こちら側はすさまじく大変そうなんですよね。読もうと思います。
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