03
2015

女は二度生まれる

1961年 / 日本 / 監督:川島雄三 / ドラマ
名称未設定-d2
自分が何を欲しているのか、自分で気づけないこともある。
【あらすじ】
芸者をやっているが、誰とでもすぐ寝てしまう。挨拶代わりに寝てしまう。



【感想】
1957年、売春防止法が施行され、売春は違法となった。歌も踊りもたいして上手くない芸者小えん(若尾文子、左)は、女を武器にして客を惹きつけていた。

芸者小えんの華麗なる男性遍歴を描いた作品なのかと思っていたけれど、あらためて考えてみるとちょっと違う気がした。冒頭、靖国神社の場面で小えんの生い立ちが語られる。ここで、両親が空襲によって死亡し、おじに育てられたことがわかる。これが映画の鍵ではないか。

売春防止法によって、営業停止処分を受けた小えんは銀座のバーで働き出す。そこで芸者時代の客である建築士の筒井(山村聰)と再会し愛人となる。彼女は、筒井のことを「お父さん」と呼んでいる。置屋の女将を「お母さん」と呼び、先輩芸者を「お姉さん」と呼ぶ。そして、小えんの浮気相手は、弟のような少年工である。彼女は家族を早くに亡くしているため、家族に憧れていたのではないか。

だが、筒井は小えんを愛人としか見ないし、置屋の女将は商売道具してしか見ない。少年工も、板前(フランキー堺)も、学生(藤巻潤)も、彼女に親しげに寄ってくるが、それは彼女と家族になりたいからではなく、当たり前だけど彼女と寝たいだけなのだ。小えんは、惜しげもなく体を与え続ける。だが、誰も彼女を家族にしてはくれないのだ。

少年工と浮気をした小えんを、筒井が殴る場面がある。あれには笑ってしまった。自分は、小えんを愛人にしておきながら「浮気は許さん!」て。うーむ、盛大に自分のことを棚にあげる人を見た。しかし、殴られた小えんはしおらしく筒井に詫びるのだ。ちょっと違和感があったが、小えんは初めてできた家族を失いたくなかったのかもしれない。

筒井が病気で倒れたときも、小えんは嫌がる顔一つせずに筒井の下の世話をしてやる。ふつうは看護師か家族しかやらないことで、それを嬉々としてやるのは嬉しかったからではないか。だが、筒井が亡くなり、筒井の本妻と娘が小えんの元を訪れたとき、やはり自分は筒井の家族ではなかったことを思い知る。

山へ向かう電車の中、かつての客が家族といるところを見てしまう。客だった男は彼女に気づかぬフリをする。みな、彼女の体を欲しているが、誰も彼女を家族には迎えてくれない。それがわかったのか、途中から彼女は寝ることを拒みはじめる。彼女は、自分が本当は何を求めているのか、自分でも気づかずに男と寝ていたように見えるのだ。ありきたりな言い方になってしまうけど、人との強い結びつきとか繋がりとか、結局家族に行き着くのだろう。それが小えんの求めていたものに思える。

男たちは寝ることを終点と考えていたが、小えんにとっては始発に過ぎなかった。そこに大きな食い違いがあった。そこから関係を構築したかったのに。最後、小えんは山小屋で一人遠くを眺めている。表情はうかがい知れない。小えんはその後、求めていたものを手にしたのだろうか。

若尾文子が色っぽく、男たちは自分勝手で、それでもみんないきいきしていて良かったですね。小えん姉さんに幸あれ!
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