25
2015

浮草

1959年 / 日本 / 監督:小津安二郎 / ドラマ
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暴れる鴈治郎。
【あらすじ】
旅回りの駒十郎一座が田舎町にやってきた。


【感想】
映画が公開された1959年からもう50年以上が過ぎている。瓦屋根の木造家屋、草が生い茂る石垣などの見慣れない景色。景色だけでなく服装も物珍しい。「裸の大将」でしか見たことのない白いランニング姿の大人、ぴちぴちの半ズボンを穿いた子供。和服も普段着として着られている。外国のようだとまでは思わないまでも、やはり日本はだいぶ変わった。

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駒十郎一座の座長嵐駒十郎(中村鴈治郎)。一座を束ねる貫禄があって、たたずまいがいい。

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駒十郎がこの町にやってきたのは、実は自分の子供に会うためだった。

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駒十郎の息子、清(川口浩)。清は、駒十郎のことを母の兄だと聞かされており、実の父親ということは知らない。川口浩は、わたしにとっては子供の時分に観た「川口浩探検隊」の隊長としての記憶が強い。
「首狩り族か!人食い人種か!?最後の魔境ボルネオ奥地に恐怖のムル族は実在した!!」

このうさんくささ。たまりません! 川口探検隊のことは今は置いておく。

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駒十郎と清は将棋を指すが、会わなかったうちに清のほうが強くなっている。子供にやり込められる悔しさもありながら、同時に子供の成長を喜ぶ駒十郎の様子がいいんですよね。

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一座の看板女優で、駒十郎を支えるすみ子(京マチ子)。「鍵」でも鴈治郎と共演している。「鍵」のときは眉毛のメイクが変だったが、こちらではきれいに映っていますね。

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道を隔てた軒下で野良犬のようにうろつきながら、啖呵をきってやり合う駒十郎とすみ子。まるで仁侠映画の一場面のよう。小津映画でこういうのは珍しいですね。赤の番傘がアクセントとなって美しい。鯉のぼり、郵便受け、ゼリー、列車のテールランプなど、他にも赤が美しく撮られている。

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清が恋をした駒十郎一座の加代(若尾文子)。清と加代の恋を駒十郎は許そうとしない。加代に向かって「(清は)おまえとは人種が違うんじゃ!」と言い放つ。今では憧れをもってみられる役者が、当時はまだ差別を受けている。そして、みずから差別を受けてきた駒十郎が、同じ役者である加代を差別してしまう悲しさ。

それにしても駒十郎は加代やすみ子を簡単にビンタする。ここらへんも時代の移り変わりを感じる。

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いい女がいるか、幕の隙間から客席をチェックする駒十郎一座の方々。間抜けですなあ!

雨が降り続き、客足は振るわず一座の懐は苦しい。三人の役者が集まって愚痴を言い合っている。役者の一人は、一座の金を持ってとんずらしてしまおうかと提案する。それをベテラン役者がたしなめる。「恩を忘れる人間は、文の価値もない」文(もん)とは一文のことかな。実にしゃれたことを言う。それを聞いて改心する他の役者たち。

で、そんな立派なことを言った当人が、一座の金を持ち逃げする。おまえかーい! という。実にフリの効いたギャグ。

そのおかげで駒十郎一座は解散することになる。残った金をかきあつめ、駒十郎は全員に旅費だけは分ける。この場面は印象的だった。みんな、金を持ち逃げした役者にも駒十郎にも恨み言はいわず案外サバサバしている。ないものはないんだから、しょうがないということなのだろうけど。戦後、焼け野原の何もない状態からやり直してきた人々の強さなのだろうか。潔さを感じた。

一から出直すため列車に乗り込んだ駒十郎とスミ子。闇に浮かび上がる列車の二つのテールランプが、二人の胸に宿る希望の灯りに見えた。

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