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2016

アクト・オブ・キリング

THE ACT OF KILLING / 2012年 / デンマーク、ノルウェー、イギリス / 監督:ジョシュア・オッペンハイマー、他 / ドキュメンタリー
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嬉々として虐殺を語る人々。
【あらすじ】
60年代のインドネシアで行われた9・30事件後の100万人規模の大虐殺。監督のジョシュア・オッペンハイマーは人権団体の依頼で被害者側への取材を行っていた。だが、被害者側への接触を禁止され、対象を加害者に変更する。今は「国民的英雄」として暮らす加害者たちは、カメラの前で嬉々として殺しの再現を始めた。


【感想】
映画で残酷な場面を観て気分が悪くなることがある。この映画は直接視覚に訴える残酷な場面は、それほどないんですよね。でも観終わった後には、胃の辺りがモヤモヤするような不快感を覚えた。それぐらい衝撃が強い作品でした。

共産主義者への殺害や拷問の様子を再現していますが、メイクのレベルは低く、ちょっと滑稽ですらある。残酷さだけでいえば、ハリウッドや韓国映画のほうが遥かに衝撃的で残酷な描写は多い。でも、この映画が恐ろしいのは、殺害や拷問をした本人たちが当時の様子を再現しているのだ。しかも、笑いながら。

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監督は加害者たちにインタビューをし、「カメラの前で実際に演じてみませんか?」と持ちかける。よくこんなこと持ちかけましたね。過去の犯罪行為について普通ならば隠したがるはずである。ところが、加害者たちは役者ができるというので、ウキウキと映画に参加する。監督は、取材対象に対してまったく批判的な態度をとらず、おだてて映画を撮ってしまったのではないか。策士ですなあ。

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虐殺を実行した殺人部隊のリーダー、アンワル・コンゴ。パッと見、そこらへんにいるおじいちゃんに見える。1000人近くを殺害。針金での殺害を楽しげに再現する。最初は刃物を使っていたが、あまり血が出ないし片付けが楽な針金に替えたらしい。この場面も「ズボンは白じゃないほうが良かった」とか、どうでもいいことを言っていて度肝を抜かれました。

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アンワルと行動を共にしていた悪のマツコ・デラックスことヘルマン・コト(女装の太った男)。殺害やレイプについて堂々と語っている。被害者に対する「おまえにとっての地獄は、おれにとっての天国だ」という言葉はすさまじかった。アクション映画の悪役が言えば面白いセリフですが、これはドキュメンタリーですからねえ。

なお、この映画の撮影中に選挙に出馬している。こんな人が選挙に出るとは驚き。結果は落選。落ちて良かったわー。

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アンワルと共に虐殺を実行したアディ・ズルカドリ(左)。当時、華僑の恋人がおり、その父親を石で打ち殺した様子を屈託なく話す。恋人との関係はどうなったのだろう。

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この人への車中でのインタビューが興味深かった。

監督「ジュネーブ条約では犯罪にあたります」

アディ「国際法には必ずしも賛同しない。ブッシュ政権は収容所を正当化し、フセインが大量破壊兵器を持ってると主張した。それが正しいことになっていたが今は違う。今日はジュネーブ条約が規範でも、明日は俺たちがジャカルタ条約を作る。戦争犯罪は勝者が規定するものさ。俺は勝者だ。自分の解釈に従う。国際的な定義に従う必要はない。何でも真実ならいいわけじゃない。この件を蒸し返してもろくなことはない。たとえすべてが真実だとしてもな」

監督「しかし、大勢の被害者遺族にとって真実が明かされるのはいいことです」

アディ「なら最初の殺人からやれ。カインとアベルだ。なぜ共産主義者殺しにだけ注目する? 先住民を殺しただろ。アメリカ人を罰しろ」


立て板に水のごとく言葉が出てきて感心した。でもその淀みのなさがセリフのようで気になった。まるであらかじめ用意されていたかのように。彼は「罪悪感はない」と口にしながら、アンワルとの会話では精神科にかかったことを告白している。これは罪悪感ゆえではないか。

アディの淀みのなさだが、自分の中で殺人についてひたすら自問自答した結果に思える。過去の殺人をいくつも持ち出して自分の行為を正当化している。共産主義者を撲滅すべき存在だと決めつけないと自責の念に押しつぶされてしまうのではないか。何度も何度も考えたからこそ、あれだけ淀みなく言葉が出るように感じた。

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彼らが、映画に出演することもどう考えても変だ。殺人を再現してみせるなんて、普通では考えられない。彼らは様々な方法で、殺人と向き合わないように自己を正当化してきたのかもしれない。自分がやっていることはなんのやましいこともない、その証拠に映画にだって堂々と出られる、正当化の極致が映画出演なのだろうか。あまりに突き抜けすぎてコントにすら見える瞬間があった。

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アンワルが拷問の被害者を演じた場面は印象的だった。演じている間に被害者に感情移入してしまい、撮影を続けることが困難になる。のちに、彼はこの場面を再生させて「俺が拷問した人たちも同じ気持ちだったのかな」と、拷問で感じた恐怖、踏みにじられた尊厳について語る。

「あなたが拷問した相手はもっと苦しんだ。これはただの映画ですが、彼らは死ぬとわかっていた」
監督が抑えていた感情を出した珍しい場面だった。監督の言葉を聞き、自分は罪人なのかとアンワルは悩みだす。

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殺害現場を訪れたとき、アンワルの体に変調が現れる。吐き気が止まらなくなって、吐こうとするがうまく吐けず何度も唾を吐きだす。罪悪感が心の限界を超えたとき、人間の体はあんな反応をするのかと怖くなった。

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彼らを異常な犯罪者と決めつけるのはたやすい。だけど、100万人以上を殺害するということは、加害者側も何万、何十万といたはずである。これは一部の異常な人間がやったことではなく、ごく普通の人々ですら、教育、戦争、思想、宗教などの条件が整ってしまえば虐殺にはしる可能性があることを示唆するのではないか。

エンドロールのスタッフには多くのANONYMAOUS(匿名)が並ぶ。身の危険があるため名前を出せないという。加害者たちのあまりの屈託のなさに、鑑賞後、あてられたようになってしまった。気持ちに余裕があるときに御覧になることをお薦めします。ものすごいものを観た。


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