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2016

クスクス粒の秘密

la graine et le mulet / 2007年 / フランス / アブデラティフ・ケンシュ / ドラマ
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波打つ腹! 腹! 腹!
【あらすじ】
会社をリストラされたので、クスクスのレストランを開きたい。



【感想】
フランスの港町セートで働くチュニジア移民のスリマーヌ(アビブ・ブファール)。実に哀愁漂うお顔。港湾労働者として35年働いたがあっさりリストラされる。このリストラは移民差別なのだろうか。映画にはいくつか差別を感じさせる場面がある。

スリマーヌには前妻との間に子供と孫がいる。だが、家族とは別々に暮らしている。本当に無口な人でねえ、何を考えているかよくわからない。わたしのおじいちゃんを思い出す。

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そんなスリマーヌですが、しっかり恋人はいる。60歳を超え、枯れているように見えるのにねえ。枯れた魅力がいいのだろうか。わたしが目指す方向はここにあったか。

スリマーヌは家を出て、恋人と恋人の娘リム(アフシア・エルジ、左)と暮らしている。リムだけがスリマーヌと向きあっているように見える。

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スリマーヌはリストラの補償金を元手に、クスクスを提供する船上レストランを始めたいと考えている。口下手なスリマーヌに代わり、リムが役所や銀行にかけあう。役所では「フランスでは衛生管理が厳しい」などと説明される。まるで「あなたの国では衛生管理ちゃんとしてないでしょ?」と思わせるような雰囲気。直接口には出さないものの移民を下に見ている。

元の家族の食事の場面などドキュメンタリーのような地味さだ。何かが起こるというわけでもない。さも日常という会話が延々と続く。親戚の集まりみたいなのが本当にリアル。表面上は仲が良くて、陰口を言うところとか。実は参加したくないけど、仕方なく来た人もいたり。珍しくもない日常的な場面を長々と撮影している。

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いったいどういう意図なのだろう。現実を理想化するでもなく、矮小化するでもなく、ありのままに描こうとしているのだろうか。普通の人はそんなに面白いことなんて言いませんからねえ。本当に普通に食事しておる。それこそが人生だろうと言われれば、まあそうなんだけども。



クスクス
小麦粉から作る粒状の粉食、またその食材を利用して作る料理。この画像はウィキペディアにあったものです。映画では魚のクスクスを船上レストランで提供しようとする。

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このクスクスを得意としているのが元妻(右)なんですね。

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スリマーヌがよくわからないのは、離婚した元妻を船上レストランのシェフにしようというところ。スリマーヌは現在、同居している恋人がいるわけで、恋人からすれば当然おもしろくない。案の定、揉めた。しかし、元妻もよくシェフを引き受けましたね。二人は別れても友情があるのか、それとも元妻はまだスリマーヌが好きなのか。男女の仲はよくわからない。

無事に開業できることを見せるため、関係者を招いて船上レストランでパーティーを行うことに。そこで問題児が出てきます。スリマーヌの長男。もう、ポンコツっぷりがすごい。

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冒頭、長男は仕事をほっぽり出して愛人とセックスするところから映画が始まる。性に対して前向きすぎるぞ。この時点で奴のポンコツさは際立っていた。関係者を招待したパーティー当日、長男は調理されたクスクスを車で会場に運ぶ。パーティーは順調に進行していたが、パーティー会場に愛人がいるのを見つけてしまう。慌てた長男はクスクスを積んだままの車で逃げ出してしまう。メインディッシュがなかなか出ずに苛立つ客たち。

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苛立つ客を鎮めるために、リムは服を脱いでセクシーなベリーダンスを始めたのだった。驚いたのがリムの腹である。見事にぽっこりと出ている。リム役のアフシア・エルジはこの役をやるために15キロ増量したというブログの記事を見つけた。出典が記されていなかったので本当かどうか確認できなかったのですが。本当だとすると、なぜ体重を増やしたのだろう。リアルさの追求だろうか。

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普通の人というのはモデルのようにスタイルがいいわけではない。体もきれいではないし、染み、皺、痣があったり、太っているのも当たり前だ。だから、脱ぎたくないんですよね。きれいだったら、逆に堂々と脱げるように思う。リムは、クスクスが出てくるまでなんとか場を繋ごうと必死で考える。でも、彼女には何もないんですね。太っていても体を差し出すしかない。だからこそ尊いとも言える。

彼女の必死な踊りを見て、店を手伝っていたスリマーヌの子供たちも場を盛り上げようと手拍子をする。リムとスリマーヌの子供たちの関係はうまくいってなかったが、リムの必死さが関係を好転させたように見える。リムの母親(スリマーヌの恋人)は、リムの必死な姿を見て、店を飛び出してクスクスを作りに行く。それとて、リムが体を投げ出さなければ母親はクスクスを作ろうと思わなかったのではないか。ひたむきさが人を繋げていく。

映画の冒頭、長男は浮気相手とセックスをする。終盤のリムのベリーダンスも強く性を感じさせる。性という人間の根源的欲求を映画の始めと終わりに配置しているのが面白い。事件の発端が性なら、収束させたのも性の力による。性に始まり性に終わる。礼に始まり礼に終わる、みたく言ってみた。



題名について
原題を訳すと「種子とボラ」。種子というのはクスクスの原料である小麦の種子、ボラはスリマーヌが港でもらってくる魚のボラを指すのかな。この二つがないと魚のクスクスはできない。

種子とボラが揃って、はじめて美味しいクスクスができるように、家族は協力しあわなければならない。そんなメッセージだろうか。クスクスが元妻(女)の得意料理、ボラをもらってきたのがスリマーヌ(男)と考えると、男女が助け合って世の中はうまくいくとも読めますね。どちらだろう。どちらでもなかったりして。

物語にわかりやすいカタルシスや感動はなかった。「人生とはどこまでも日常だ」とでもいうような淡々とした映画だった。心に残ったのは、リムの波打つ腹であった。とにかく腹、腹、腹。腹でしかない。夢に出そう。

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